野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ダンス

京都造形芸大に、伊藤キムさんの公演「禁色」を見に行った。ダンサーの白井剛くんも出演している。キムさんの公演を見るのは、5年ぶりくらい。以前、何度か見た印象は、公演が始まった最初は、すごく面白くって印象深いのに、だんだん見ているうちに、踊りの印象が薄くなっていき、帰るころには、何だか残念に感じるというパターン。ひょっとすると、時間軸に沿って構成するのが苦手で、ビジュアルに各場面を単独で見せると力を発揮するタイプなのでは、と思って、以前、キムさんにそんな感想を伝えたように記憶している。あれから5〜6年、キムさんの作風はどう変わっているのだろう?興味を持って見に行く。
公演の冒頭部分は、例によって非常にインパクトがあり印象深かった。始まってからの10分くらいは、すごく面白く見ていた。そして、その後、以前と同様に、だんだん見ているぼくの気持ちが覚めていって、ああ、やっとこのシーンで終わるんだ、というシーンで予定調和的に終わったように感じた。なんだか、残念だった。すごく喜んで拍手しているお客さんもたくさんいたし、これはぼくの問題なのか、キムさんの問題なのか。少なくともぼくには、キムさんの作品の最初10分を見て、そこで退席し、残りを自分で想像するという鑑賞方法が一番らしい。
キムさんの作品を見ていると、エテュードのようなことをいっぱいやりながら断片を作り、そうやってできた複数のシーンを並べて構成して作品を作ったんだろうな、という気分になる(本当はどうか知らないけど)。で、その構成の仕方に、ぼくは何の魔法を感じられないのだ。
あと、音楽が酷いと思った。これも敢えてやっているのだろうけど、思いっきりなロックだったり、コテコテのクラシックだったり、メトロノーム的な単純作業だったり、ノイズだったり、記号的な音楽の使い方が、わざとらし過ぎて、しかも、そこに、もう少しこの作品と十分向き合って作ったオリジナルな音楽になっていれば、また印象が違ったのかもしれないけど。うーむ。
でも、とにかく二人のダンサーの踊りは、とてもよかった。それだけに、構成をなんとかしたい、ってぼくは感じてしまう。それは、ぼくがコンポーザー(構成する人)だからだろうか?
それから、京都大学吹奏楽団の演奏会を見に行った。こちらは、なんだか微笑ましいコンサートで、寸劇(映像)を交えたり、踊りがあったり。自分たちのできる範囲のことを、いっぱい盛り込んでエンターテイメントしようとしている楽しそうな感じで、応援したい気分と、自分も頑張ろうという気分と両方。仕事がたまっているけど、来て良かった。
帰ってからオルガン曲の作曲。今日は、3曲目の「ソルボンヌ・クラシナー作曲講義」に着手。で、子どもたちの書いた楽譜を見ていたのだけど、そうではなくって、ワークショップの時にやったように、ぼくも楽譜を見ずにカラダで表現しなくては、凡人の曲になってしまうと反省。「ザッザッニョキッズコンカキッドーンティロティロ」、「ピーピーカーカーパラポンピンポンズーズーパンパカパーンポーポーズーズーアホーアホー」などを、全部唱えながら踊りでやってみる。汗をかきながら深夜ずっと踊り続けて、カラダにリズムが入るまで譜面を忘れて踊り続けた。ようやくカラダに入ったところで、譜面を書き始めた。明日、踊りながら譜面を書いて、完成させる予定。