野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ホーチミンおじさん

今日、ぼくは36歳になった。久しぶりに一人で過ごす誕生日だ。

1994年、イギリスのヨークで一人で過ごした誕生日。小さなラジカセを購入して、一人で26歳の誕生日を祝った。翌、95年も、ドイツのケルンで、一人で27歳の誕生日を祝うためにケーキを食べた。

だから、96年は絶対に一人では誕生日を迎えないと心に決めていた。そんな時に、ターンテーブル奏者の大友良英さん、キャロサンプの野田茂則さんが、10月4〜6日にフェスティバルをやるんだ、海外と日本のアンダーグランドシーンを結び付ける新しい音楽祭をするから、野村くんのプロジェクトやってくれ、と頼まれた。ぼくの28歳の誕生日を、新しいプロジェクトの誕生日にしようと心に決めた。

そして、96年の誕生日は、第1回「ミュージックマージュフェスティバル」の誕生、鍵盤ハーモニカオーケストラ「P−ブロッ」の誕生の瞬間と重なった。だから、たくさんの仲間と一緒に過ごした誕生日だった。

それ以来、毎年、誕生日は誰かに祝ってもらうように過ごしてきた。これだけ祝ってもらってきたので、今年は久しぶりに原点に戻るような気分で、一人で誕生日を過ごすことにした。

誕生日の日のイベントにぼくが選んだのは、東京オペラシティで行われるベトナム国交響楽団の演奏会だ。以前、ぼくのピアノ協奏曲「だるまさん作曲中」を指揮してくれた本名徹次さんが棒を振る。本名さんは、このベトナムのオケにかなり情熱を注いでいるようだ。

さてさて演奏会は、元気の出るものだった。1曲目のド・ホン・クァンの「ベトナム狂詩曲」は、本当にのびのび、イキイキした演奏で、民族音楽的な旋律やリズムがストレートに演奏されていて気持ちいい。独特の歌い回しがあるのと、オケ全体に活気があって、とても清々しかった。続く、ショスタコーヴィッチの「ヴァイオリン協奏曲1番」になると、ぎこちないところもあり、うまくのれるところもあり、山あり谷ありで、しかし、必死に取り組んでいる集中力が持続していて、良かった。ソリストも頑張っていた。

休憩後も、シュスタコ。交響曲5番。これまた、大曲を必死に演奏しているが、集中力が切れなかった。最後の最後、弦の8分音符の刻みが微妙にスゥイングして独特のノリのまま盛り上がった。なんじゃこりゃ、と思わせるビート感によるフィナーレ。うわっ、やられた、という感じ。

アンコールのベトナムの曲が、またイキイキ。

ロビーに出ると作曲家の権代敦彦さんと会う。
「いやぁ、元気をもらえるいい演奏でしたね。」
とぼくが言うと、
「うん。ビヨーンって感じで揃わないあの感じがね。ビヨーン、ビヨーン。」
と権代さん。楽屋の本名さんを訪ねる。本名さんは、本当に熱演だった。あのビヨーン楽団をここまで引っ張り上げ、まとめる力は凄い。情熱と力を感じた。
「いやぁ、すごくやる気のある演奏で、元気をもらいました。」
とぼくが言うと、
「やる気だけが取りえのオケですから。こんなオケですけど、いつか野村さんも曲書いて下さい。『ホーチミンおじさん』みたいな、、、。」
と本名さん。「ホーチミンおじさん」かぁ。21世紀、テロや戦争や、こんな時代だからこそ、ベトナムの「ホーチミンおじさん」から、もう一度、平和や戦争や、色んなことを見直してみる、そういう曲を作ってみたいな、と思った。それを、このやる気のある指揮者とやる気のあるオーケストラが演奏してくれるなら、と思ったので、
「是非、やりましょう。」
と答えた。なんだか、いい誕生日だなあ、と思って、地下鉄で帰る。

しかし、誕生日のご馳走を食べなきゃ、と思って、適当に歩いていたら、寿司屋さんがあった。特上を注文。今日は、誕生日だから。

特上寿司を食べて、上機嫌に歩いていたら、古本屋があった。何となく入る。何となく見てたら、平田オリザさんが10代の時に書いた本があった。「十六歳のオリザの未だかつてためしのない勇気が到達した最後の点と、到達しえた極限とを明らかにして、上々の首尾にいたった世界一周自転車旅行の冒険をしるす本」という長いタイトルの本だ。先日のエイブルアート・オンステージの実行委員会で会った平田さんは、「野村さんもおっしゃる通り」という枕詞を連発しながら、微妙にぼくとは違う主張を繰り返していたが、この本を見て、平田さんという人間になんとなく信頼を持って、好感を持った。彼は、自転車で世界一周旅行をすることを中学時代に決意し、そのために、定時制高校に通うことを決め、昼間はバイトして旅行資金をためた、というのである。やりたいことがあって、資金調達のことも考えて受験まで考えていた中学生だった平田さんなら、いい加減な表現活動しかできず、資金調達もいい加減にしかできない、アーティスト紛いの人達をあっさり切り捨てちゃう発言をするのも納得がいく。

それで、ぼくはこの本を買おうと思った瞬間、誕生日祝いにいっぱい本を買おうと思った。ついでに、「平田オリザの仕事1 現代口語演劇のために」、武満徹の「音楽の余白から」も購入することにし、最後に選んだのが、正高信男「天才はなぜ生まれるか」。これは、タイトルは面白そうではないが、中は面白そうだった。つまり、6人の学習障害者の物語として、エジソンアインシュタインレオナルド・ダ・ヴィンチアンデルセン、ベル、ディズニーを取り上げている。「障害」=「才能」という関係で書かれているのか。この著者は、現在京大の霊長類研究所の教授らしく、現在「動物との音楽」シリーズに取り組み始めたぼくとしては、いつか京大の霊長類研究所とも共同でサルとの即興音楽や共同作曲の研究などできたらなあ、という考えも頭を過った。これも買ってみよう、ということで、4冊購入。古本だから、全部で4000円くらい。誕生日の締めくくりにとってもいい。

36歳の1年、とってもいい一年になりますように。