野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

トラム・コンサート

香港の3ヶ月のレジデンスも、残り10日。本日は、トラム(路面電車)でのコンサート。しかし、朝から天気が悪く、昼には雷雨になり、嵐のような天候。昼の時点では、雷警報も出て、このままでは中止になるかもしれない。しかし、きっと夕方4時頃には天候がよくなるであろうという希望を持って、空を見つめる。

路上からのダンスでエールを送るダンスチームの男の子が、手紙を持って笑顔でやってくる。そして、嬉しそうに手紙を見せる。そこには、出演者の名前が書かれていて、自分の名前を嬉しそうに見せてくる。その手紙を見ると、集合時刻15時と書いてある。今は、まだ12時前だ。そして、何度も笑顔で、その手紙を見せてくれる。今日のイベントに出演することが、本当に本当に楽しみなのだ。集合時刻の3時間以上前に来てしまうくらいに。何度も何度も手紙を見せてくれる。

i-dArtのスタッフ総動員で、準備。みんなが今回用に作ったTシャツに着替え、街頭で配るうちわを準備し、楽器の積み込み準備をし、着々と作業が進んでいく。一時は、街頭でエールを送るボランティアチームも、キャンセルするかどうか議論されるほどの天候であったが、次第に天気が好転し、午後3時過ぎには、太陽も時々雲の合間から顔を出す。どうやら天気は持ち直した。中止は免れそうだ。

メンバーが続々と集合し、記念写真の後、バスで出発。観光バスの先頭で、ベリーニがマイクを握りしめ、乗っているメンバーを一人一人紹介していく。各出演者に対して、対応するケアスタッフがいる。万全の体勢。

出発地のケネディータウンで、まずトラムを待ちながら演奏。通行人の人との交流も生まれる時間。そして、トラムが到着すると、次々に乗り込む。視覚障害で、トラムの2階に乗ったことのないメンバーも、どんどん上っていく。とりあえず、野村がデッキに出て安全性を確認した上で、各プレイヤーの位置を決めようと思っていた。しかし、みんな次々に、デッキに出て、スタンバイし、演奏を始める。トラムが出発して揺れることも心配なので、なんとかみんなを座らせ、安全性を確保する。マコトバンドBのメンバー。中環駅周辺で路上に集うフィリピンの人々からもたくさんの反応があり、メキシカたちのダンスチームは、走りながら追いかけて踊ってエールを送ってくれる。町の途中にスタンバイしているボランティアの一団がペットボトルを鳴らし、陸橋の上からのエールもある。そして、我々で仕込んだチーム以外に、対向車から、ビルから、路上から、様々なエールが送られる。『障害者』という言葉で括られ、『障害者施設』という場所で生活の多くを過ごす彼ら/彼女らが、町に対して、音楽を通して、自分たちの存在を精一杯アピールする。その場を共有できたことは、大きな体験でありました。

1時間で終点の銅鑼灣まで着き、マコトバンドAと交代。もうやる気満々で、立ち上がってスタンバイ。いや、揺れるから危ない、と言っても、そんな言葉で納得する連中じゃない。音楽する気満々の彼ら/彼女らを誰も止めることはできない。列車が発車する直前に、ケアスタッフの方々に、「揺れるから、座らせたいけれども、多分、座らないから、転ばないように、十分ケアするように」お願いする。爆発ピアノ君は、デッキの先頭のど真ん中に陣取り、突撃体勢。トラムが動き出すと、よろけそうになりながらも、猛烈に叩き始める。二人のケアスタッフが、右足、左足をサポートし、支える。彼は、どんなに揺れても、椅子に座ったりしようとしない。ノリノリちゃんが、ノリノリで叩くし、踊るし。それをスタッフが、しっかり支える。怖いとか、危ないとかよりも、演奏したい衝動が勝っている。このスペシャルな状況に、表現したい気持ちが勝っている。興奮して、いつも以上のエネルギーで演奏する。溢れんばかりのエネルギーで叩く。メンバーを交代し、第2グループになっても、椅子に座って休んで欲しくても、もうウズウズして、我慢できなくなって、出てきて、叩く、叩く、踊る、動く。この異様や限りなくカオスに近い音楽。ヤニス・クセナキスにも、フリージャズにも負けないフルパワーの即興打楽器音楽。結局、全員がノンストップで演奏する大合奏になっていく。すると、爆発ピアノ君が、ストップの合図を出す。彼は、赤信号になったら、演奏をやめる、というルールを作ったようだ。周りもだんだん、彼のルールに同調していく。本当は、赤信号の時は、揺れないし、止まっている時は比較的演奏しやすいのだ。しかし、彼らは、それでは演奏しない。そして、電車が動き出すと、揺れるし、エンジン音も大きくなる。そうした障害に負けずに、彼らはそこで目一杯演奏する。そして、また、赤信号で演奏をやめ、青信号で進むと、揺れる電車の中、踏ん張って、支えられて、自分たちの音を奏で続けるのだ。

終点が近づくと、スタッフが楽器を片付け、メンバーは、夜の風に吹かれ、やりきった満足した表情を見せる。最高の時間をありがとう。香港のカウントダウン。次は、7月5日のツアーパフォーマンス。みんな!おつかれさま!!!!!