野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

偶然性の音楽

香港に来て、今日で5週間。今いるJCRCは、香港最大のNGO東華三院が経営しているのです。今日は、今年の新規職員の人が、東華三院の系列の様々な施設などを視察するツアーに、参加。文武廟という歴史的な文化財でもあるお寺も、東華三院が経営している。ここを見て後、ベリーニに連れられて、百姓廟という東華三院経営の別のお寺に連れて行かれる。ここに来た理由は、i-dArtのアーティストであるカヤンの作品がお寺の建物の入口の壁面一面に貼られているからだ。歴史的建造物の壁面に新しい作品が貼られるとはどういうことか、と言われるかもしれないけれども、北斎だって、歴史あるお寺である岩松院に巨大な天井画を描いて、今ではそれは貴重な文化財である。その後、ベリーニが、東華三院の偉い人のところに、挨拶に寄ろうと、連れて行かれる。この人が理解してくれたおかげで、ぼくのレジデンスが実現したらしい。挨拶に行くと、その人が、さらに自分のボスに会わせると言って、数々の病院、数々の学校、数々の福祉施設、数々の葬儀屋、数々のお寺など合計194の施設を統括しているらしい東華三院のトップ2の人を急に訪ねることになる。彼が理解をしてくれたおかげで、香港でぼくのレジデンスが決まったわけだが、実は一人だけではなく、複数やらなければダメだと言う話になっているらしく、来年以降に、東華三院系列の別の施設でも、アーティスト・イン・レジデンスが行われることになるそうだ。

タクシーでJCRCに戻り、「點心組曲」第5楽章の「静かな五重奏」の2回目。前回、ほとんど反応がなかったのに近いので、また5人とも眠っている状況なのか、と思い、今日は、鉄琴を2個置き、部屋の片隅で静かにキーボードを弾く。前回、完全にうつ伏せになったまま、ほぼ動かなかった人が、叫び声をあげたり、強く足踏みをしたりする。この足踏みに反応してピアノを弾いたら、明らかに、こちらの音を意識して足踏みしてくれて、ちょっと交流した感覚を味わう。ずっと、部屋の中を歩き回って、壁を一発叩いては、別のところに歩いていって、また壁を叩いて、という行為を繰り返す人がいた。これを真似してみようと思って、壁を叩く。歩く、というのを続ける。非常に音数の少ない音楽。壁だけじゃなく、時々、通りがかりに鉄琴を一発だけ鳴らしたりする。これを続けていたら、彼も鉄琴を鳴らした。通りがかりに、ピアノも一音だけ鳴らしてみる。そのうちに、彼もピアノを鳴らした。ジョン・ケージの偶然性の音楽みたいな音が、譜面も使わないのに立ち上がるのに、驚く。

その後、メキシカのダンスのグループに参加。第10楽章の3回目。前回、里村さんがいたから、あれから1週間かーー。第4楽章の「MTR Remix」でカヤンが生み出したリズミカルな言葉を、みんなで言ってもらい、それに合わせてダンスする、というのをやった。これ、実は、6月4日の「アートを楽しむ日」での野村のコーナーでやろうかと思っていて、今日、とりあえず、ダンスチームのメンバーでどの程度できるか試してみました。いい感じなので、6月にもやるつもり。あとは、岩槻の古式土俵入りも、みんなでやりました。清められる。その他、5月26日のイベントのためのダンスのリハーサルなども。

ということで、夜はラジオ出演。Chi Chung Wongの番組。収録。放送は来週の土曜日。英語でのインタビューに答えた。いろいろ聞かれたが、あなたにとっての音楽は何?という質問に、音楽は、橋です。人と人をつないだり、音と音をつないだり、文化と文化をつないだり、違う様式をつないだり、と答えました。あとは、コミュニティ・ミュージックの未来をどう考えるか?という問いに、この分野はもっと普及するだろうが、開拓してきた第1世代の人々は、色々な意味で創造的で革新的だ。コミュニティ・ミュージックが、クリエーションやイノベーションの喜びを忘れてしまったら、たとえ普及してもつまらないし、未来はないので、ぼくの任務は、そうした創造の喜びを伝えることにあると思う、と答えました。その他、いろいろな質問をされて、面白かった。