野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ことばのはじまりのはじまり

ディディエ・ガラスとの「ことばのはじまり」の稽古が再開しました。本日より4週間、連日のように稽古がありまして、9月に京都、三重、鳥取で公演をします。ディディエの作品作りは、偶発的な出来事をどんどん取り込んで、面白いです。



以下、「千住の1010人」に関する作文

どうして1010人の音楽などするのか?と唐突に疑問に思われる方もいると思うので、説明させて下さい。原発事故と東日本大震災があった年に、「千住だじゃれ音楽祭」を始めました。あの3年前の夏、脱原発のデモに参加したり、色々なディスカッションの場に遭遇した時、その場にいる人々の熱さに圧倒されると同時に、その場にいない人はどうしているんだろう、と不在の人のことを考えました。「きずな」が各所でキーワードのように語られておりましたが、原発推進や消極的推進の人と、原発反対の人々の間の溝が、どんどん深まっていくように感じました。溝ができては、議論が生まれるどころか、考えの遠い人と出会うことすらなくなります。であるならば、この溝を飛び越えた繋がりを生み出す音楽を実現したい、と考えたのが、3年前の夏で、「千住の1010人」をやりたいと思ったのです。東京という所は人口が多く、考えの似た人、趣味の近い人で集まることが容易な町です。1010人で演奏するという無謀な設定でもしないと、趣味も違えば思想も違う人々が同じ場を共有し交流するなんて、実現困難だと思ったのでした。

原発賛成の人も、反対の人も、同じ音楽の場で交わる。何度もリハーサルの場で交流する。場合によっては、それをきっかけに恋が芽生えたり、カップルになったりする。そんなことを夢見ます。そういうことで、この溝を埋めるための小さな小さな一歩を踏み出したい、と思ったのです。もちろん、原発というのは一つの例であって、とにかく、考えや趣味の遠い人同士が出会って、友達になったり、恋をしたりする、あるいは、そこから子どもが生まれたりする。そういうきっかけになるような音楽創造の場を作ること。そこで出会った人々が、それぞれの観点で、未来の子ども達のために、今を大切に生きることを模索していくための囁かなきっかけになれれば、と願って「千住の1010人」を始めようと思ったのです。

とは言うものの、作曲家/音楽家としての野村誠の美意識とか価値観というものも、同時に元気でありまして、社会に貢献するためだけに音楽をする気は、毛頭ないのも事実です。結局、ぼくは自分が没頭できる音楽の魅力や可能性がないと、心底熱中できたりしない正直な人間であります。「千住の1010人」は多様な人々の出会いの場として構想されましたが、実際に作曲を始めたら、この一つの色に統一されない多様性でこそ生み出される響きや唸り、意外な音の組み合わせ、量感、構造、展開など、真に魅力ある音楽を創造することにエネルギーを注いで新作を作りました。作曲は難航しましたが、楽しくもありまして、とんでもない作品が出来上がりました。音になるのが本当に楽しみです。

「千住の1010人」の出演者の募集要項はこちらです。
http://aaa-senju.com/6130

また、「だじゃれ音楽」を始めた経緯については、古いですが、こちらのインタビューを再掲しておきます。
http://www.cinra.net/column/otomachisenju03-nomura.php