野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

復興ダンゴ、生まれる

「復興ダンゴ」、昨日と今日と計3回公演を行いました。ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。ご感想など、ございましたら、是非、お聞かせ下さい。キャスト、スタッフ、関係の皆様も、本当にお疲れさまでした。

公演を終えてのぼくの感想も書いてみようと思います。
今回の公演、まだまだ、これから始まったばかり、という気持ちがあると同時に、自分なりにはスタートラインに立てたという手応えを得ました。これは、自分だけで勝手にそう感じていて、観客ときちんとシェアできているのか、これから検証していきたいと思っております。ですから、率直なご感想など、お聞かせ下さいね。

今回の自分としての手応えは、こんなことです。自我がなくなったと言えば言い過ぎで、そこまで悟れてはいませんが、それでも、かなり自分を空っぽにして作品を提示できた、と思っております。作曲家野村誠としての自意識も、ピアニスト野村誠としての自意識もなく、上手にやりたいとか、評価されたいとか、成功したいとか、一石を投じたいとか、そういう気持ちが全くないというのも嘘ですが、それでも、そうした気持ちを限りなくゼロにして、純粋に、音楽と舞台とに奉仕する存在として、いられたと思います。その場で立ち上がる音楽に、舞台に、ただ自分という存在を融合させていく。そんなことが、やっとできた気がします。

以前の自分だったら、ありがちな手法は避け、ひと捻りし、もっと作為のある作曲をしたでしょう。趣向を凝らして、意外性のある面白い展開を盛り込み、お客さんが楽しみやすいような遊びを入れ、作曲手法の面白さを職人的に盛り込んだりしていたでしょう。でも、そんなことは全部要らなくって、ただただ、作為を捨てて素直に作り、無心にピアノを鳴らし、邪念で濁らない音色を発したい、と思うのです。野村誠という個性にこだわることなんて、どうでもよくって、そんなものは解けていって、ただ純粋に音が響き、それが世界に届けられればいい、と思えたのです。無力な自分の無力さに目を背けないことこそが、復興の第一歩だと思うのです。

「復興」という言葉に関する違和感についても、多くの人からご指摘を受けました。でも、敢えて「復興」という言葉をタイトルにつけました。過去をなかったことにして、もとに戻すことなど、不可能です。もと、あった世界に戻りたくても戻れない逆行不能の世界に、ぼくたちは生きています。しかし、「復興」という言葉があってくれたおかげで、太平洋戦争後の復興のお話をお年寄りから聞くことができました。

かつて、「アートという戦場」という本に原稿を書いた時も、新境地に達したと感じておりました。あれから、また、違った地点に来た気がします。

アートという戦場―ソーシャルアート入門 (Practica)

アートという戦場―ソーシャルアート入門 (Practica)

お年寄りの言葉や動きの映像を見続け、ダンスの砂連尾理さん、音響の薮公美子さん、調律の上野泰永さん、コーディネートの吉野さつきさん、写真の杉本文さん、映像の上田謙太郎さん、照明の伊藤泰行さん他の皆さんと、作品をつくっていく時間と、日々の生活の結果、こんな気持ちで公演を行うことができました。感謝。

あと、小さな劇場で、超満員になってしまい、お客さんに窮屈な思いをさせてしまったことについて、反省。また、地下の小劇場という空間をどう活用するか、これも工夫ができるし課題です。電気による音響、照明の良さもありますが、同時に、植物があるとか、自然の風が通るとか、そういうことがないにしても、そういうことがあるような空気をどうやって作るのか?空気について、まだまだ工夫ができる気がします。

しばらくは、これで良かったのか、どうだったのか?自分なりに反省して、次のステップについて、ゆっくり考えていこうと思います。

一緒に時間を過ごしてくれた方々に、感謝です。ありがとう。