野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

世界ダンスの日〜ジャワ人の時間感覚

 インドネシアでは、「ゴムの時間」という言葉があり、約束の時間を思いっきり遅れても、時間はゴムのように伸びるので、全然問題にならないわけです。と同時に、ゴムというのは伸びるだけではなく縮むので、時に、そこまで縮めなくてもと凝縮することもあります。今日も、ジャワ人の時間感覚を体験した一日でした。皆さんにも体感してもらうべく、やや詳しく書きます。 
 ジョグジャから車で2時間ほどのところにあるソロの芸大に行きました。ジョグジャに住み始めて3ヶ月になりますが、この間、他の場所に一度も出ませんでした。電車も飛行機も一度も乗らずに3ヶ月過ごしました。各地を転々と移動することの多いぼくの人生の中で、こんなに移動しないのも珍しいことですが、ついにソロに来ました。ジョグジャとソロの関係は、京都と奈良のような関係とでも言えるでしょうか。
 現地についたのは、お昼頃。24時間イベントでして、本番は深夜11時の予定です。まず、芸大に隣接する文化会館の宿舎に、到着すると、お昼ご飯が出ました。ダンサー、ミュージシャンの人とアヤムゴレン(フライドチキン)を食べました。それで、ご飯食べたら、部屋で少し休むといいよ、と薦められ、エアコンの入った部屋で1時間ほどゴロゴロ。2時半ごろになり、「リハーサルだよ」と呼ばれ、文化会館のプンドポに移動、簡単にシーンごとの音楽の流れの確認をしていきました。ただ、ダンサーは疲れるからか、動かずに、簡単な合図になる振りを示すだけで、本気では動きませんでした。1時間程度で、練習が終了し、3時半。「お茶にする?部屋で休む?」と聞かれたので、部屋で休むことにしました。この部屋は、ベッドがいくつもあり、ミュージシャン、ダンサーの10人ほどで共用です。昼寝をしたい人が昼寝をし、水浴びしたい人は水を浴び、テレビもあるので、テレビを見たい人はテレビを見る。イギリスの王子の結婚式をインドネシア人が見ている横で、お昼寝。
 さて、それから4時間ほど、ゴロゴロしておりましたが、何も動きがありません。晩ご飯も出てこない。みんな暇そうにゴロゴロしています。しかし、ジャワ人は暇なことには慣れているので、誰もイライラはしません。さすがに、7時半なので、この後の予定はどうなってるの?ご飯はどうしたらいいの?と聞いてみると、「ご飯は出るはずなんだけど、まだ来ないねー。ダンサーを交えてのリハーサルもあるはずなんだけど、まだ来ないねー。お茶でもする?」とスボウォさん。お茶をしていてもリハーサルが始まる気配もなく、ご飯が来る気配もなく、そこで焼きそばを注文して食べることに。
 ところが、焼きそばがなかなか出てきません。焼きそばを待っている9時ごろ、リハーサルやるよ、とみんなが宿舎の前のプンドポに集まり始め、リハーサルの準備が整いました。しかし、ぼくらは焼きそばを待っているので、皆を待たせて、ゆったりと焼きそばを食べてから、リハーサルに合流したのは、9時半ごろだったでしょうか?これまで、パーマルディーさん、ラーマンさん、イワンさんの3人の踊りだけと練習していたのが、初めて3人の女性ダンサーが加わり、いきなり20分の作品を通しました。通してみて分かったことは、結構、前半の主要部分は女性3人の群舞だったのです。1回通したら、この動きをきっかけに音楽が切り替わる、という決めのポイントを2ケ所くらい追加されて、そこだけ一度確認して、「もう十分だよね」と言われて、リハーサルは終了。10時です。
 宿舎で慌てて、みんなが着替えて、劇場に向かいます。芸大の劇場の大ホールが会場です。10分から20分刻みで、次々に演目が行われます。大ホールの舞台の大きさと、先ほど練習した会場の狭さは、数倍違いますが、本番、いきなりその場所に行って、会場のサイズに合わせて踊るのがジャワでは一般的らしいので、何も問題はありません。
 で、出演者が多すぎるので、大ホールの何十とある楽屋だけでも足りないらしく、ぼくらの楽屋は小ホールのステージ上になりました。楽屋にホールを与えられるというのも、驚きです。で、出演の出番は23時の予定だったのですが、予定通りに進まないのは想定通り。24時を回っても出番の気配がありません。パーマルディーさんは、メイクをし、衣装を装着したので、さすがに、いよいよか、と思いましたが、まだまだ。25時を回っても、出番の気配がありません。25時頃、ソロのカリスマ的舞踊家のパッ・プラプト(2007年には、このイベントで24時間踊り続けたとのこと)が会いにきてくれて、2005年に共演した映像を、6年越しで手渡すことができました。
 ミュージシャンもダンサーも、小ホールのステージ上で横になって寝ています。深夜の1時半。無理もありません。ところが、突然、1時半になって、「次が出番ですよ」と連絡があり、大慌てで、みんな起き、舞台袖に行き、舞台袖に着いたところで、スボウォさんが、最初のシーンを思いついたようで、「あそこで歌や楽器の背景で、何でもいいから日本語で、おしゃべりをして下さい。こっちはジャワ語で会話しているから。」舞台に出るまさに直前に、変更が伝えられ、要領も得ないままステージに出ます。1時45分ごろか?
 音響の人が、マイクを立てて、一つずつマイクをガリガリと触って、入っているか確認。ところが、ぼくの前のマイクは入っていなかったのです。ところが、別のマイクを別の人が触っている音とタイミングが近かったので、マイクが入っていると勘違いして、音響の人は退いてしまい、そのままスタート。舞台袖にいるスタッフに、マイク入っていないんだけど、と身振りで示しながら、途中で、気づいたようで、マイクも入りました。深夜の2時ですが、みんな本番しか本気を出さないので、本番になって、初めてどういう作品か分かりました。本番前に練習しすぎて、疲れたり、身体を痛めたり、ということは、この国ではあり得ません。今日一日、ちょっとの練習と、長時間のゴロゴロの後、一気にスイッチを入れて、フル稼働でパフォーマンスをして、大成功。これがジャワ流なのでしょう。
 演じ終え、楽屋(小ホールの舞台)でさっさと片づけをして、宿舎に戻り、荷物をまとめて、深夜3時に車で出発。運転のハリヤントさんは、楽屋で本番直前ギリギリまで寝ていたのですが、もの凄いスピードで運転。あんなにのんびり待たされるのが平気なのに、ここでは時間を節約すべく飛ばすのです。家まで送り届けてもらい、着いたのは早朝4時半だったでしょうか?これが、ジャワ人の時間の過ごし方なのです。