今日は、たんぽぽの家に行く。エイブルアート・オンステージに参加しているマルガサリと一般公募で集まった障害のある人によるガムランの「さあトーマス」という作品のリハーサル。初めて行くので、どんなのか楽しみ。
今日、参加してみて思ったことは、誰が障害者であるかということが、判別つかないようなものになった方がいいだろう、ということ。それは、第1段階かな、と思う。
作品をつくる、ということは、何かを切り捨てていって、狭めていくことでもある。そうやって決定していく中で、なおかつ新しい要素を受け入れる柔軟性を持ち続けなければならないこと。そのバランスをどうとるか、ということ。
いつまでいっても未完成の作品、固定化できないような作品を構成できるか?
シンプルならば、簡単にプレゼンテーションできるが、そうではなく、映像や照明や、舞踊や音楽、台詞、様々な要素があり、渾沌とした複雑な状況をどう解決していくか、という課題を乗り越えてプレゼンテーションしていくこと。
今日は、ワークショップに参加して、ぼくがそこそこ仕切ったと思うのだが、面白いのだが、まぁ、自分の想像力の範囲内のことしか起こらなかったので、それほど驚きはなかったかなぁ。もっと、とんでもないことをやって欲しいかなぁ。
たんぽぽの家にいた時は、かなり面白いなぁと思ったのだが、だんだん、もっとできるだろう、と欲が出て来て、もっと頑張ってね、と言いたくなってきた。
その後、樅山智子さん(作曲家)が、我が家に来る。アメリカで作曲と文化心理学を勉強し、日本財団の助成金をもらって、タイ、インドネシアに調査/作曲で半年ほど滞在した人。彼女のインドネシアで行った野外のプロジェクトの映像や、録音などを聞かせてもらった。