野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ファソラシどすこい!タコどすこい!楽日

JACSHA(日本相撲聞芸術作曲家協議会)の東京芸術劇場での公演『ファソラシどすこい!タコどすこい!』、10:00-四股ワークショップ、12:00-、15:00-の2公演を無事やりきった。

 

ビゼーが《カルメン》を発表して150年、ベルクが《ヴォツェック》を発表して100年、フィリップ・グラスの《浜辺のアインシュタイン》、柴田南雄の《追分節考》、ロバート・アシュリーのテレビオペラ、リゲティの《ル・グラン・マカーブル》などから約50年の月日が経ち、オペラというジャンルも意味も拡張されていった先の現在に、JACSHAが《ファソラシどすこい!タコどすこい!》を発表した。相撲と音楽が交差し、複数の作曲家が交差する作品。

 

元力士の一ノ矢さんが言う。JACSHAの3人は敬意がある、と。相撲に対して敬意がある。子どもに対しても敬意がある。人に対して、文化に対して、敬意がある。だから、一緒に関わりたいと思う、と仰る。有難い言葉である。

 

作曲家として新しい音楽を体験を創造するために新しい創造の場を創造する。それを新しい土俵をつくる、と呼ぶ。その土俵では、相撲と音楽ががっぷり四つに組み、作曲家と作曲家がぶつかり合って作品が生まれる。演者と観客が取り組み、ソプラノ、バリトン、相撲甚句の歌い手、児童合唱、観客の声など、異なる声が交差する。

 

シュトックハウゼンがオペラ《光》の作曲を始めたのが約50年前。そこから彼は30年近くかけて、長大なオペラを完結した。JACSHAの《オペラ双葉山》は始まったばかりで(《ファソラシどすこい!タコどすこい!》も、その一部となるだろう)、創作し続け、できることならば、99歳までJACSHAとして作曲を続けていきたい。

 

本番前に挨拶に来られた東京芸術劇場の新芸術監督の山田和樹さんが舞台セットを見ただけで、「負けた!」、「やばい!」と何度も言ってくれた。それは最大限の賛辞で大変有難いのだが、ぼくたちは別に山田和樹さんに勝ちたいわけではない。勝つことなんて全く望んでいない。では、誰に勝ちたいのか?戦いたい相手は、気候変動、暴力、差別などである。そして、これらの敵は、実は自分自身の中にもいるので、自分自身と戦わなければならない(『タコどすこい一人相撲』というのは、『他己どすこい一人相撲』と書くのかも)。みんなが息を合わせて自分自身と戦っていければ、ぼくたちは、これらの問題を乗り越えて、未来に「のこった、のこった」となれるはずだ。

 

そういう意味で、本日の公演の最後に、何の合図もなく、正面の観客、向正面の観客、タコ怪獣、行司が、息をのんでアンサンブルを開始したことは、未来への希望だと思う。

 

ソプラノの工藤あかねさん、バリトンの松平敬さんの素晴らしい表現力の歌声がずっと歌垣のように愛し合い続ける中、歌がディレイして伝わっていき、すがも児童合唱団の次世代の歌が生まれていく。観客の歌声で時空が反転した先で、いつの間にか、ソプラノからバリトンへの歌垣が、木花相撲踊りから大相撲の相撲甚句への歌垣になって終演。

 

本当に良い座組みだった。土俵際まで作り続けてくれた舞台美術の中村友美さん。舞台技術スタッフの仕事は見事だった。特に、舞台監督の松島千裕さんの行司のような美しいお仕事と瞬時に察して動く的確な現場力。照明家の新島啓介さんの照明デザインは、無難な道をとらず、常に踏み込んだ解釈をしてくれて、各シーンの意味づけを光で炙り出してくれた。スピーカーが音源であるようになりがちなデッドな音響の劇場で、各演者から音が出ているように音響設計した行方太一さん。そして、この見事な座組みにしてくれただけでなく、各自が笑顔で仕事できるような様々な心遣いのある山下直弥プロデューサー。おかげさまで、樅山智子、鶴見幸代、野村誠の3名の作曲家が思う存分クリエーションし、新作を発表できた。本当にありがとうございます。

 

涙を流しながら手を振る釘元厚子さんを見送り、また宮崎にも遊びに行きたい、九州の相撲甚句をもっとリサーチしたい、相撲聞芸術をもっと掘り下げたい、と思う。キャストのみなさん、関係のみなさん、本当に本当に、ありがとうございました。

 

せっかく馴染んだ皆様と

今日はお別れせにゃならぬ

いつまたどこで会えるやら

それともこのまま会えぬやら

思えば涙がパラーリパラリと

タコー、どすこい、どすこい