野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

システムからはずれる

香港に来て4度目の日曜日。日曜日らしく午前中のんびりと部屋で過ごすつもりが、ゴロゴロしていると、色々なアイディアが出てきて、急に部屋で多重録音してみたり、「點心組曲」の楽譜の本のイメージが浮かんだりする。

今日もまたPete Moserの紹介の人に会う。Kennedy TownのカフェでArvin Chengと待ち合わせ。それにしても、ピートの紹介してくれた人が、みんな違う分野で面白い。モックは、パフォーマンスアートで、コミュニティアートのプロデューサー、キュレーターだったし、アンドリューは臨床心理士で、昨日会ったセラナは音楽教育の人、今日のアーヴィンは、演劇の人らしい。

アーヴィンは、一頻り野村の活動についての話を聞いた後に、「今日は、プレゼントを持ってきたんだ」と言って、本をとりだす。文庫本サイズの本を横長に使った美しいデザインの本。てっきり、彼の本だと勘違いしたが、彼の本ではなかった。「この本は、ぼくの友人がつくった本で、昨日出版記念パーティーがあったんだ。」という。なぜ、友人の本をくれるのかと不思議に思う。

2年前に香港で次々に若者が自殺をする、という社会現象があった。異常な数の若者が自殺をした。そのことに、著者は心を痛め、何か自分にできることがないか、と考えて、「我不要在孤独單中死去」という本を上梓した。イラストと短いセンテンスから成る本で、中国語、日本語、英語の3カ国語で記されている。日本語のタイトルは「孤独なままで死にたくなんてない」。英語のタイトルは、「I don’t want to die in loneliness」。

「この本は、普通の書店では流通しないんだ。でも、違う形で広がっていく」と言って、同じ本をもう一冊、ぼくに手渡した。「2冊目の本は、君が日本に帰って、どこか人々が集う場所に、誰かが手にとって読める場所に置いて欲しいんだ。そして、それを写真に撮って送って欲しい。」と言う。

これが彼の自己紹介だった。彼は、自分のことを語るのではなく、他人の著書をぼくに託すことで、彼の考えをはっきり明示した。他にも、彼は自分の物語ではなく、他の人にインタビューして、それを再構成して、ストーリー・テリングのパフォーマンスをしている。草の根的な活動をしている個人が孤立しがちなのをつなぐ活動もしている。

彼は、既存のシステムの中で活動すると、助成金に頼らざるを得ず、そうすることで、政府の政策や企業のミッションの中でしか活動できないことに限界を感じた。それで、システムから外れてみることにした。カフェやバーで、パフォーマンスをしたり、展示を企画したり、野外でワークショップをしたりする。自分の場所を持たないことで、システムから外れてみることで、それ以前に気づかなかった膨大な可能性に気づいた。やれることは、たくさんあるのだ。

家賃の異常に高い香港では、場所を構えると、家賃を捻出するのが大変で、持続可能な活動が難しくなる。でも、マカオは家賃が安いし場所もある。だから、彼は、マカオで人々が自由に集い、自由に学べるスペースを始めることを考えている。その構想を聞いていると、それは大阪の釜ヶ崎にあるココルームと似ているなぁ、と思った。

アーヴィンと別れた後は、のんびりと香港の町を散策して後、帰宅。突如、香港に遊びに来てくれることになった友人と連絡。久しぶりに日本語喋った。