野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

音楽創作と労働環境づくり

野村誠+日本センチュリー交響楽団+ハローライフで行う音楽×就労支援プロジェクト「The Work」の3年目の発表イベントを、本日、豊中市立ローズ文化ホールで開催いたしました。

イベントは

1)活動の紹介(トークとパワーポイント)
2)舞台転換のつなぎの時間に、観客体験コーナー
3)メンバーによる短い即興演奏
4)野村による曲の解説
5)新作初演「日本センチュリー交響楽団のテーマ(第5稿) Overture for Geo-Opera

といった流れで進みました。トークの時間ですが、この活動の背景を熟知している観客の方と、ほとんど何も知らずにチラシで興味を持ってきた観客の方とおられると思いますので、大変、説明が難しい中、センチュリー響マネージャーの柿塚さんが、パワーポイントで、様々な事例を交えて奮闘されておられました。このブログでも、あまり説明せずに書いてきましたが、軽く説明してみましょう。

日本センチュリー交響楽団は、定期演奏会でクラシックの演奏を行うオーケストラであると同時に、子どものための音楽/楽器体験「Touch the orchestra」など教育的な活動にも力を入れてきました。そのセンチュリー交響楽団が、新たに「コミュニティ・プログラム」を開始したのが、2年前。そのディレクターになったのが、作曲家の野村誠です。

コミュニティ・プログラムでは、若者の就労支援など、現代的な課題に、音楽家がどのように関わっていけるのかを実践し、従来になかったプログラムの開拓をしております。その中で、第1弾として始めたのが「The Work」で、就労支援に非常にユニークなアプローチで取り組むNPO「スマイルスタイル」と恊働で進めてきました。

就労支援と音楽創作が、どのように結びつくのか、これは、やってみないと分からないところもありました。具体的には、二つを無理に結びつけるのではなく、音楽創作ワークショップと、ハローライフワークショップ(コミュニケーションスキルの上達などを目的としたプログラム)を交互に行う、という方法をとっています。これが、どうも成功しているようなのです。

どういうことかと言うと、音楽創作ワークショップでは、合図を見たり、合わせたり、言葉以外での様々なコミュニケーションをとることがあり、これ自体が、自然にハローライフのワークショップにフィードバックされます。また、ハローライフでのコミュニケーションゲームなどで行う内容が、音楽の創作にもフィードバックされていきます。

そうしてワークショップで出てきたアイディアをもとに、野村が作曲をして、本日演奏したわけです。野村が作曲で心がけたことは、楽団員も若者たちも、それぞれのスキルや個性に応じて活躍の場があるようにする、ということ。その結果、一人のリーダーが引っ張るのではなく、全員が役割を分担しながら進む音楽が生まれたのですが、これが予想以上に魅力的な音楽になっていたのです。

全部がプロの音楽家で、同じ譜面を演奏したら、もっと簡単に演奏できるはずです。誰も、譜面上で迷子になる人もいなければ、リズムがずれたり音程をはずす人もいないはずです。でも、本日のメンバーだと、誰かが迷子になるかもしれないし、ずれるかもしれない、という緊張感を持ちつつ、それをお互いにフォローしようとしながら演奏することで、より深みのあるサウンド、リズムになっていて、こうした音楽があり得ることを体感できて、ぼくは驚愕しましたし、そんなに安易に感動しない性格のぼくでも、心が動かされてしまう何かを感じ、グラグラ、くらくら、としてしまったのです。

そして思うのです。こうした若者たちが、こうして就労支援のプログラムに参加していることは何か?これは、彼らの能力を育成するプログラムなのか?と。そういう面もあるかもしれません。しかし、そう言う前に、これだけ持ち場が与えられた時に、能力と個性を発揮できる彼ら/彼女らに、活躍の場が全然足りていないのが、今の日本なのだ、と。活躍の場をうまくコーディネートすることが、今回のぼくの作曲家としての最大の仕事だったかもしれない。そして、作曲以外に社会の中でも、適材適所に役割を分担させながら、全体が魅力的な響きになるオーケストレーションができる人材こそ、大切なのでは。そう考えると、就労支援というのは、若者たちが現代の社会に適応する能力を高めるプログラムを行うことだけではあり得なく、若者たちの個性や能力を活かせる社会に変わっていく一石を投じていくこと、でもあり得るのだ、と思うのです。

さて、本日の演奏会。オーケストラの楽団員と若者で、こんな音が出し得るなんて、プロジェクトを始めた頃は期待していただろうか?最初から、こんなものかと諦めていたのはないか、と反省するくらい、可能性を感じさせてくれる音がしていました。野村誠も目を覚まさなければいけない。

若者たちの可能性を、ぼくは信じられるようになりました。ぼくなんかでも、ついついデータを見て、若者の選挙の投票率が低いなぁ、と何も考えずに短絡的に批判してしまいます。でも、考えてみると、どの政党が、若者たちを候補者として次々に立候補させていますか?自分は引退してサポートにまわって、20代の人に国会議員してもらおう、経験が少ない部分は助けるから、という立場を表明するベテラン政治家がどうして、もっと出て来ないのでしょうか?若者の投票率があがって欲しいと言いながら、若者の代表として若者が立候補できる状況が、全然ないことに、まず目を向けた方がいいのかもしれません。

単純作業を効率よく行う人材ではなく、物事をじっくり考え行動できる個性的な人材を輩出するべく「ゆとり教育」と呼ばれる教育があったと言います。いわゆる「ゆとり世代」と呼ばれる若者たちと出会って思うのは、本当に素晴らしい人が多いということです。若者の素晴らしさ、可能性にもっと目を向けたいのに、なかなか脚光を浴びないのでは、宝の持ち腐れになってしまう。指示を的確に効率よく行える即戦力になる人材を求めると、どうしても、手堅い実績のある人に仕事がいってしまうけれども、思い切って、未知数の若者たちの可能性を信じていきたい、と「The Work」を通して感じるわけです。本当に、

若者たちの不安、若者たちの勇気、若者たちの温度と態度に、一人の音楽家として関われることは、ぼくにとって非常に大きい体験でありました。本当に感謝します。

それにしても、観客の皆さんから、予想を遥かに上回る数のアンケートの記入があり、嬉しかったです。そして、終電を逃してまで、残って話し込んでいく打ち上げの時間も、愛おしい時間でした。もう、このメンバーで集まって共演する機会は2度とないかもしれませんが、このコラボレーションで受けた振動は、身体の中に残っているので、この音に耳を傾けながら、生きていこうと思います。ありがとう。