野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

釜ヶ崎オ!ペラ(非常に長文です)

本日の日記は、非常に長文で、「釜ヶ崎オ!ペラ」体験記です。全文を読んでいただければ、「釜ヶ崎オ!ペラ」とは何であったか、体感できるように書いてみました。本当に長文ですが、お時間がおありの際に、もし興味がありましたら、お読み下さい。

そもそも、昨夜、寝る直前から始めます。早起き(6時起き)しなければいけないので、昨夜は寝る前に、こんな詩を書いて、心を落ち着かせてから寝ました。

オペラなのか 詩なのか
歌なのか ダンスなのか
即興なのか アートなのか
演劇なのか

そんなこと どうでもよいくらいに
思いなのだ 想いなのだ
思い思いに
思いが集まって
渦めくのだ

心がダンスをし
眼が歌い
背中が語るのだ

宇宙人も未来人も
古代人も地底人も
カピバラもパンダも
来るだろう

明日は
探検にいくよ
冒険にいくよ
遠足にいくよ
釜ヶ崎オ!ペラという遠足

その遠足の案内を
することになっている
迷子になりそうだけど
迷子になってもいいらしい

冒険の集合場所は
結構、遠い
うえださんと
うえださんで
決めた集合場所は
宇宙らしい

早起きして
集合場所に行けるように
もう寝まーす

そして、(ぼくには珍しいのですが)朝6時起きして、西成区民センターへ向かいました。区民センターの中は、釜ヶ崎芸術大学の様々な成果物が展示されていて、殺風景な空間がどこにもない宇宙でした。ダンサーの中西ちさとさんを講師とするダンス組のストレッチが舞台上で繰り広げられています。ロブが着物の羽織を羽織っていたり、色んなコスチュームの方々がいました。どっぷり西成で、どっぷり釜ヶ崎なのに、ここに宇宙人や古代人や未来人が混じっていても、多分、まぎれてしまうでしょう。東京から朝5時に起きて駆けつけたという友人もいました。とりあえず、会う人と挨拶をします。楽屋とか控え室とか舞台裏がなくって、客席と舞台の境界線も甚だあやしいボーダレスな世界を維持しつつ、照明/音響は効果的にアクティングエリアに設けられていて、スタッフさん達の頑張りに感謝なのです。雑魚寝スペースがあったりして、西成区民センターなのですが、どこか西部講堂にいる錯覚をしそうな空間構成でもありました。

ロブは、ぼくの日本語で書かれているブログを訳してもらって読んだらしく、8時間もあるし、途中/合間で色々話そうよ、と言います。宇宙からの8時間の探検は、いよいよスタートなのです。(ようやく午前10時、通常だと、まだ寝ていたりします)。

10時〜、ロブによるウォーミングアップ。会場にいる方々と一緒に、「ベレママ」を歌います。この「ベレママ」というのはアフリカが起源の歌だそうです。ぼくは、イギリス人が音楽ワークショップで、アフリカの歌を歌う場面を何度も見たことがあります。しかし、そういう時に、どうしてイギリス人がアフリカの歌を歌うのだろう?と疑問に思ったことが何度もあって、なんだか借りてきた歌を歌っている感じがしたことが何度もありました。ところが、ロブの場合は、イギリス人のオペラ歌手がアフリカの歌を歌っている感じはしません。ベレママという歌は、完全にロブの持ち歌になっているのです。アフリカ起源であろうと、プッチーニであろうと、ロブのカラダを通して彼の歌になっているので、本当に素直に、この人と一緒にこの歌を歌いたい、と思えるのです。その後、「朝目覚めて」を歌います。どちらも輪唱にして会場の皆さんと歌いました。目が覚めました。

10時20分、上田假奈代の朗読+野村のピアノ+ウォンジクスーさんクラリネット釜ヶ崎芸術大学の活動を紹介するスライド。即興でピアノを弾き、まだまだ8時間イベントが始まって30分も経たないのに、10分間で山あり谷あり、音楽も言葉も非常に濃密に交わりあって、残り7時間半もあるのに、目が覚めたどころか既に頂点に達したような感じ。

10時半、もう一度仕切り直すように、第1幕が開始で「釜ヶ崎オ!ペラのテーマ」を歌い、そこからダンスシーンへ。そして、マントをまとった天文学者の先生が登場し、宇宙の講義が始まり、宇宙の果てや、アンドロメダ銀河と我々の銀河が合体する80億年後のことを心配したりします。80億年後は他人事じゃありませんよ、と尾久土先生。「皆さん、生まれ変わって、その時にも地球にいるはずです。太陽が膨張するので、その時はみんなで火星に移住しましょう。」。地球上には、昔はアミノ酸はなくって、流れ星が地球にいっぱい降り注いで、地球にアミノ酸がやって来て、流れ星によって、我々のカラダを形成するアミノ酸が地球にもたらされた、とのこと。

宇宙の講義が終わると、ガムランが宇宙の音楽を奏で、ぼくも少しだけピアノを即興で弾いて共演。気がつくと、ガムランチームの人は、声を出していて、その声がガムランの響きと一緒になって渦になっていて、それに合わせて上田假奈代も「えーー」とか歌っていたのです。その響きの渦から、気がつくと、「さらば、すばるよーー」と歌声が聞こえてきて、「ガムランで昴かい!」と心の中で会場がツッコミを入れ、

11時20分頃に、予定より5分遅れくらいで、ロブさんの独唱と上田假奈代の声の交差点に到達し、宇宙を旅しているのですが、一人ではなかったことを知ります。「あなた」という創作の歌を歌うのです。旅は道連れ、一人ではなかったのです。そして、「あなたと私」に関する即興小芝居が繰り広げられ、数々の笑いを経由します。色々な二人の関係の中に、フィクションなのに真実が垣間見えてくる瞬間。遠く遠くの星空の光から、何かが想像されるように、人生が微かに浮き上がってきます。そして、詩の朗読へ。

「あなた」という歌と小芝居から、詩の朗読は、何もつながりがないようで、詩は「あなた」に関する詩だったのです。ここでは、自分についての詩を誰も書きません。詩は、二人ペアで作り、相手のことを取材して、相手のことを詩にするのです。気がつくと
12時で、前半最後の演目は、南流石さんと中学生ダンスチーム鶴の舞。「釜ヶ崎オ!ペラのテーマ」に振付したダンスのお披露目の前に、会場全員で体操をしたり、手をつないだりして、全員で振りを覚えて踊りました。昼休みは、楽屋などもないので、炊き出し隊の握ってくれた「玄米おにぎり」を食べながら、会場の中で色々な人と話しながら過ごします。ロブからは、「どうして大学で数学を勉強したのに、音楽家になったのか?」などの質問があって、それに答えているうちに、
13時第2幕が開始。

釜ヶ崎をテーマにした新作映画「恃まず、恃む、釜ヶ崎」(75分、若原瑞昌監督)の上映を、本当にじっくりと見ました。知っている人、知らない人、色々な人が登場していますが、釜ヶ崎で生きている人々の生きた姿と生きた言葉と眼差しが、時にクラシックの、時にジャズの、様々な音楽にのせて登場してきます。登場人物たちは、オブラートに包んだ表現が少なく、オブラートに包んだ表情が少なく、本心と本音の表情が、ずんずんずんと出てきて、圧倒的な存在感を放射していました。そんな放射を浴びた直後に、西川勝さんの哲学カフェが始まり、すぐに言葉にならない気分ですが、おじさんたちが舞台にあがり、言葉を発していきます。映画のことを話すというよりは、「恃む(たのむ)」という言葉から、会話をしていくのです。話せる場が保障されると、人々は雄弁になります。釜ヶ崎芸術大学で「哲学カフェ」が人気なのは、西川さんが何かを教えようとはせず、ただただ話す場所を保障しているためなのでしょう。西川さんの哲学カフェは、定刻の15時に終了し、第2幕の幕を閉じました。

ここで、30分の幕間(お昼寝/おやつ休憩)が入ります。こうした休憩は、出演者が休憩できる時間を、などの配慮と、観客の集中力のことを考えて設けられましたが、せっかくの休憩時間に、皆さんは昼寝の音楽をやると言って、ガムランを静かに演奏し始めました。これでは、出演者の休憩がないではないですか!でも、みなさん、やりたい気持ちが勝るのでしょう。25分静かに演奏して後、最後は盛り上がって、「さらば昴よーー!」と、1幕の宇宙に逆戻りして、
15時半の定刻に開始する予定だった第3幕は、数分遅れてスタート。楽器の即興演奏の時間を経て、「ふんが行進曲」を歌います。これは、「探検の詩」をもとに作った歌です。探検に行くのですが、最後はふるさとに帰る歌詞なのです(このことは4幕の最初を予感させるのです)。「ふんが行進曲」で探検を仄めかし、続いて

15時40分〜探検に関する「詩の朗読」、そして、実際に釜ヶ崎芸術大学が横浜まで出張(探検)した「横浜トリエンナーレ2014」の報告映像を見ました。第1幕では広大な宇宙規模で世界を見て、第2幕では、釜ヶ崎というエリアに焦点をあてましたが、第3幕は、移動がテーマなのです。

第3幕の最後は、「釜ヶ崎オ!ペラのテーマ」を歌って、「右足君と左足君の会話」の即興オペラです。旅をし、探検をした時に、いっぱい歩いた右足君と左足君が、お互いをねぎらったり、お互いに不満をぶつけたり、お互いをほめたりします。歌詞は、観客の方々に書いていただき、それを舞台上で即興で歌います。歌は時に演歌のように、時にフォークのように、時にオペラのように、時に狂言のように、変化していき、これに合わせて即興でピアノで伴奏するのが、なんとも楽しいのです。

ロブさんが即興で歌うと、それを通訳のマイさんが訳すのですが、ロブさんが「マイにも歌って欲しいなぁ」と歌っているうちに、マイさんの通訳まで即興で歌いながら通訳することになりました。観客の方々が作詞していて、通訳の人まで歌う全員参加のオペラなのです。フィナーレか、というくらい大いに盛り上がったのですが、これは第3幕の終わり。16時25分に終演予定の第3幕は
16時35分に終わり、上田假奈代は10分の休憩を省いて、そのまま第4幕に入ると宣言します。

第3幕で、探検をし、遠足をした右足君と左足君は、第4幕で「ふるさと」に帰ります。4幕の冒頭は、7年前にストリートワイズオペラが大阪で行ったワークショップでできた歌「ふるさとの歌」です。これを、観客の方々も交えて歌いました。そして、ストリートワイズオペラの活動について、マットさんが報告をします。英国でホームレスの人がオペラをする団体を13年前に結成。その活動を本当に手短に語ります。そして、釜ヶ崎芸術大学の受講生と、マットさんロブさんとで、お互いに質問をし、それに答えるのです。右足君が左足君へ、左足君が右足君へ、対話が繰り広げられます。

そして、最後の演目「流れ星のしりとり」を迎えます。もはや時は、
17時半をまわっています。8時間のオペラは、間もなく幕を閉じます。最後は、上田假奈代の采配にみんなが委ねていました。上田假奈代は、「釜ヶ崎オ!ペラのテーマ」をみんなで歌おうと言い、会場の皆さんと一緒に2回歌った後、上田假奈代は、会場の人々に問いかけます。

「皆さん、どうでしたか?朝10時からいた人もいますか?」

ワイヤレスマイクが会場内を流れ星のように、流れて行きます。感謝を言いながら、会場の人々が一人ずつ語り始めます。ぼくはピアノで伴奏します。会場の一人ひとりの語る言葉がオペラの歌詞であり、歌であり、ぼくは、そのオペラの伴奏者として、ピアノを弾くのです。一人ひとりの声に耳を傾けること。上田假奈代がオペラのフィナーレに用意したことは、出来映えの良い成果物を提示することではなく、声に耳を傾けることでした。しかも、舞台上の人々ではなく、客席にいる人々の声に耳を傾けることでした。それは、決して堂々とした言葉でもないし、照れながら、発するちょっとした言葉であったりするわけで、まさに流れ星のような一瞬の微かな輝きなのです。それは一人ひとりが発する大切な声であり、それこそ歌であり、詩であるのだ、と思うのです。それに耳を傾けれる時間は、なんと豊かなのか。

ぼくはピアノを弾いています。ピアノは伴奏です。伴奏者は常に歌手の歌声を聴いています。色々な言葉がありました。その言葉に寄り添い、ぼくはピアノを弾きます。声とピアノが共鳴し、オペラはつづきます。スタッフを紹介し、感謝を伝え、まだまだ続きます。ピアノを弾いています。曲調はどんどん変化します。色々な声が飛び交います。フィナーレです。そして、最後に「ふんが行進曲」を合唱し、もう一度、「ふるさとの歌」を歌おうとなりました。歌詞を噛みしめながら、最後の歌を味わうように、ピアノで伴奏しながら歌いました。こんな歌詞です。

かあ かあ かあ
ふるさとは あの山
かあ かあ かあ
ふるさとは あの山
はたらいて はたらいて
歩いてきたよ
気がつけば 気がつけば
この道も なつかしい道
いつか帰ろう ふるさとへ
いつか帰ろう ふるさとへ
かあ かあ かあ


宇宙であり、地域であり、旅であり、故郷であり、つながりであり、声であり、態度であり、関係であり、対話であり、真実であり、虚構であり、因果であり、縁であり、感謝であり、祈りであり、愛であり、思いやりであり、お節介であり、右足君であり、左足君であり、あなたであり、わたしであり、、、、、、、、、、、

無限のしりとりが、光速で流れて行きますが、時計の針が
17時59分を指し、気がつくと、
18時に。定刻通りに18時に、8時間の「釜ヶ崎オ!ペラ」は幕を閉じました(いえ、ここには幕はありませんので、幕が閉じることなく終演を迎えました)。拍手が鳴り響き、カーテンコールも何も準備もあるのかないのか。次に何が起こるのか、予測不能。鳴り止まない拍手に対して、音響さんがそっとBGMをフェイドインしていました。BGMは、釜ヶ崎でのワークショップでの音源のようでした。そして、そのまま後かたづけの時間へとスイッチしていきました。

会場の片づけは、多くの出演者はもちろん、観客の皆様のご協力もあり、片づけながら、多くの人と会話を交わす20分間でした。
18時20分には片づけを中断し、記念撮影。

釜ヶ崎オ!ペラ」は、このように終わりましたが、釜ヶ崎芸術大学は、明日も開講されるそうです。みんなの濃い毎日が、日常が、続いていきます。日常が宇宙であり、日常が探検であり、日常がオペラであり、誰もが声をあげることができ、そこにオペラがあることを、ぼく達は知っています。クワタケースケも声をあげるけれども、ぼくたちも歌える、訴えられる、等身大の日常の声を持っている。それは、詩であり、歌であり、存在であり、表現である。

そんな日常が、明日から続いていきます。皆さん、素敵な時間をありがとう。そして、また会いましょう。