野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

島袋道浩との一日

今日は、ベルリンから一時帰国中の美術家の島袋道浩と久しぶりに一日を過ごした。島袋とぼくは同じ年で、20代の前半からの親友。

まずは、お気に入りの食堂「東錦」でお昼ご飯。お店のおばちゃんと意気投合し、話し込むこと2時間半。

島袋は現在ベルリンで大学教授をしているらしく、学生に教える上で、どうしたらいいか、といった話をしているうちに、我々3人が達した結論は以下の通り。

夢を語ることは、自分にウソをつかないことで、自分にウソをつかないことは、現実を直視することで、現実を直視するから、一歩一歩進める。だから、「夢、一歩一歩」という順で、「一歩一歩、夢」という順番ではない。まず、夢が最初にある。

それから、三条のメディアショップで、ダンサーの山下残くんと待ち合わせ。店長さんが、島袋やぼくのことを知っていたので、3人で本屋でしかできないイベントやりたい、と話が盛り上がる。本屋という環境の中でしかできないイベントを、メディアショップでやれるかもしれません。

そう、本屋と言えば、山下残くんが島袋道浩くんに出会った時のことを思い出す。93年のこと。当時、京都大学の知塩寮というところで、ウィークエンド・カフェというのをやっていた。ダムタイプの小山田徹さんや京大映画部の佐藤知久くんが、人々が集まり交流できるスペースとしてやっていたカフェで、ぼくらは、そこに何とはなく行って、議論したり、雑談したり、時には踊ったりしていた。当時の残くんは、初の演出作品「詩の朗読」を上演したが、その作品をぼくに酷評されたところだった。ウィークエンド・カフェで初対面の島袋とそのことについて話をしたところ、「野村君との路上バンドやってるけど、一緒に来ませんか?」と島袋が残くんを誘った。こうして残くんも路上バンドのメンバーになった(これ以外に、杉岡正章鶴くん、砂山典子さん、高嶺格くんなども、路上バンドに参加していた)。

その「詩の朗読」という作品が、本棚に囲まれた作品だった。

ちなみに、ぼくと残くんが出会ったのは、90年の精華大学での「中西美穂×野村誠」展でのこと。ぼくと島袋が出会ったのは、93年の名古屋市美術館でのぼくのバンド「プーフー」のコンサート。そのコンサートの数週間前に島袋が名古屋市美術館で、彼の初期の代表作となるパフォーマンス「タコとハトの出会い」をやった。

さて、それから、懐かしい喫茶店「クンパルシータ」に行った。当時、コーヒーが出てくるまでに40分くらいかかる店だったが、今日は出てくるまでに1時間以上かかった。お店ではタンゴのレコードがかかっている。

島袋と残くんとぼくの対話。3人で会うのは、5年ぶりくらいだ。島袋は美術、残くんはダンス、ぼくは音楽の世界にいるが、この15年間、お互いに影響を受け合いながら、そして時にコラボレートしながら、それぞれが成長してきた。

島袋は相変わらず、彼のペースで、彼の芸術活動を続けているようで、話を聞くと共感できるし、刺激も受ける。残くんの返す言葉も、少ないが重みがある。

島袋が言った。野村君は名バッターって感じで、どんな球でも打ち返す。でも、野村君がピッチャーをやるところを、もっと見たい、と。つまり、他人から持ちかけられた企画や無理難題(ピッチャーの投げる球)でも、易々とホームランにしてしまうのが野村誠だが、誰からも頼まれずに自分からみんなを黙らせるような作品(見送り三振にするようなピッチング)を世に出して欲しい、ということだろう。それは、これからドンドンやっていきます。

あと、ギャラの話もした。ぼくらは、もう若手ではない。ぼくらがあまり安いギャラで仕事を引き受けると、ぼくらよりも若い人たちが、将来苦労するから、あまり安いギャラの仕事は引き受けずに、若い人に譲るか、その値段ではできません、と言うべきではないか、という話にもなった。それはそうだと思う。お金のあるところからは、正当な金額をもらうべくだと思う。

ただし、やる気のある個人(特に若い人からの誘い)の場合は、また考え方が違ってくる。ぼくらが20代だったころ、詩人の吉増剛造さん、巻上公一さん、などは、他では考えられない安いギャラで、ぼくらのイベントの出演してくれた。P−ブロッの初ライブのために、平石博一さん、マイケル・パーソンズなどが、おこづかい程度のギャラで新曲を書いてくれたこともあった。こうした先輩方の好意に甘んじながら、ぼくらは先輩たちから色んなことを受け継いだ。若い人たちは、今の世の中の構造では、だいたいお金に縁がない。

ぼくらから、若い世代にも橋渡ししていきたいし、ぼくも若い人たちからも色々学びたいですから、若い世代の人は臆せずに、ぼくらに頼んで下さいね。

島袋と別れた後、残くんとラーメンを食べながら、もう少し話をした。なんだか新しい時代へと進もうとしている予感。

                                                    1. +