野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

8月6日のウマイレガワ

滋賀県立美術館で、『塔本シスコ展』が開催されている。ぼくは、この展覧会場で1時間に1回流れる音楽《2022年のウマイレガワ》を作曲した。先月から、この音源は流れ続けている。

 

この音源は、ピアノで作曲されたフレームがあり、そこに、シスコが幼少時を過ごした熊本の松橋の環境音が重なり、さらに、シスコの言葉を熊本の人に熊本弁で読んでもらった声が重なり、そこに歌や三味線や鍵盤ハーモニカや鳴り物が重なった曲だ。シスコの画面に、溢れるようにいろいろなモノが増殖してくるように、音も重なり合って、ザワザワしている。

 

今日のワークショップでは、まず、木のホールに集まっていただき、ピアノと声だけで野村のソロで曲を聴いてもらった後、参加者の方々にも鳴り物を鳴らしてもらって、音を加えてもらった。音を加えると、ザワザワ感が増していき、よりシスコ的になる。シスコさんのお孫さんの福迫弥麻さんも参加されていて、シスコさんにまつわるお話も色々聞けて、話題が広がったりする。「この青年は戦争で死にました。ウマイレガワの想い出です。」というシスコの言葉を、ワークショップの参加者それぞれの声で語ってもらい、ピアノとともに聴いた。

 

その後、展示室に移動し、音源に合わせて、楽器を鳴らしたり、シスコの絵の前で絵に描かれている人々のバンザイのようなポーズを真似してみる。絵の前で大勢で真似してポーズしていると、絵の向こうの世界とこちらの世界で交信しているような気分になり、不思議な感覚になる。

 

午後のワークショップも同様にやったけれども、せっかくなので、相撲の絵の前で、みんなで四股を踏んだりもした。静かな展示室が、突然賑やかになり、それによって、シスコさんの絵の表情も変わるような感覚になるのが面白い。

 

8月6日なので、広島の原爆のことを思う。戦争のことも思う。21世紀になっても、人間は愚かで、いまだに戦争がなくなっていない。そのことを心底悔しく思う。ウクライナで戦争が起こっていることは、本当に悲しい。シスコの絵を演奏しながら、様々な悲しみや不条理を抱えながら、全力で生きていることを讃える讃歌のようなシスコの世界があったことを有り難く思う。

 

1年前の今頃、コロナの濃厚接触者に認定されてしまい、陰性だったのに10日間の隔離生活をした。隔離明けの日に、リニューアルオープンした滋賀県立美術館を訪ねた。あれから1年。滋賀県立美術館に帰ってきた。シスコの絵に描かれた「カエルゾ!」という言葉が、いろいろな意味で心に染みた。

 

参加の皆さん、担当学芸員の三宅敦大さん、ディレクターの保坂健二朗さん、スタッフの皆さん、貴重な一日をありがとう。