野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

テクノロジーの障害と身体の障害を補完し合う

今年度最後の遠征。2地点リモート舞台公演《200m想》。本日は、九州大学にてリハーサル。出演者、スタッフ全員が事前にPCR検査を行い、本日も抗原検査を行い全員の陰性を確認の後の対面でのリハーサル。まずは、無事に対面でのリハーサルができることに感謝。

 

それぞれの会場にはリアルに実在するパフォーマーがいて、それぞれがネットを介して別会場のスクリーン上にも出没する。リアルにいるパフォーマーは常に実物大だが、スクリーン上のパフォーマーは、時に野菜を切る手元だけが巨大に投影されたりもする。すると、リアルのパフォーマーが小人のように見えたり、あるいはスクリーンのパフォーマーが巨人のように思えることもある。そして、その関係性が、それぞれの会場で違ってくるので、こちらでは小人になっているパフォーマーが、もう一つの会場では巨人になっていることだってある。同じ公演なのに、会場が違うと微妙に違う作品を体験する。

 

九州大学音響工学の尾本章先生と学生たち、そしてアートマネジメントの長津結一郎先生と学生たちの経験と知識を総動員して、リハーサルと機材設営が行われていた。本番会場の一つであるスタジオは、壁の形状や穴の開き方だけ見ても、特殊な音響設計がされていることがイメージできる場所だが、そこは、テレビ番組の生放送のクルーが詰めかけているような状態で、照明、音響、映像のブースが組まれていて、照明卓の前に、別会場に送る映像を映すモニターが置かれていて、リアルな照明だけでなく映像上の色味をチェックするなど、まるでテレビ局のよう。四方に置かれたスピーカーやマイクなど興味深いこと数々。複数のカメラをスイッチャーがスイッチングしていくのも、テレビ的。しかし、テレビだったら、ここで行われていることを視聴者に届ければ済む。問題は、もう一つの会場にも、同様にテレビの生放送のようなクルーがいて、その2地点でのセッションのように、お互いで作った照明、音響、映像を交換し合いながら、公演を作り上げていく、ということ。

 

芸術と社会包摂を研究テーマに掲げる長津先生たちとの数年間のコラボの末の企画なので、音楽とダンスと演劇などのジャンルの壁も乗り越え、障害者と健常者という壁を取り払い、出演者とスタッフという壁も越え、対面とリモートの壁も乗り越え、何が壁だか何が壁じゃないか、分からないくらい非接触型で濃密に接触してきた1年間の試行錯誤の末、ようやく今日のリハーサルがある。

 

コロナウイルスで色々な接触ができなくなって、改めて考えて模索してきたこと。目の前にいない人に思いを馳せること。テクノロジーで達成できない何かを、全身全霊で補うこと。身体で達成し得ない何かを、テクノロジーで補うこと。あらゆるテクノロジーも、あらゆる身体も、ある意味「障害」を持っている。その「障害」を補い合いながら、それぞれの特性を活かして、一瞬で消えてしまう風紋のような雲のような奇跡を起こすことが舞台芸術だとするならば、2022年の今の舞台芸術を、ぼくたちなりに実現しようと、今日もいっぱい試行錯誤のリハーサルだった。本当にいいメンバーたちと、いい現場ができて、充実の濃厚な時間。あっという間に10時間が過ぎていた。