野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ケンハモセッション/パープルリボン作曲賞/パープルリボンコンサート

鍵盤ハーモニカ奏者の南川朱生さんとお会いした。南川さんは、鍵盤ハーモニカを研究し、楽器に様々な改造を加えて鍵盤ハーモニカの可能性を探求している人。今回、お会いするのは2回目で、前回は鍵盤ハーモニカについてお話させていただいたので、今回は実際に様々な改造鍵盤ハーモニカを見せて(吹かせて)いただき、その流れで一緒に演奏もした。

 

発音が遅れたりピッチが不安定になりやすいバス鍵盤ハーモニカを、非常に発音しやすく調整していたりするのだ。これは、たとえて言えば、調整していない鍵盤ハーモニカを演奏することは、でこぼこに穴があいた床の上でダンスを踊るようなもので、南川さんの楽器を演奏するのは、平らにならされた床でダンスをするような感じだ。つまり、楽器を演奏する上でのストレスが完全に軽減されている。バッハを吹くために、ピアニッシモがきれいに出るように調整した楽器なども、同様に吹きやすい。珍しい楽器(大昔のスズキのメロディオンのソプラノとか)を吹かせていただいたりした。もちろん、コロナ禍であるので、ケンハモのホースを持参し、楽器の消毒をした上で吹かせていただいた。

 

南川さんの楽器の改造/改良も素晴らしいが、演奏家としての南川さんも非常に柔軟性があり遊び心に富んでいて、一緒に演奏すると、こちらの遊び心も触発されて音楽が次々に溢れ出てくる楽しいセッションになった。ライブもやりたいな。

 

パープルリボンミニコンサートのためのリハーサル。ソプラノ歌手の坂本雅子さんと初対面で初共演。野村誠作曲/草柳和之作詞《DV撲滅ソング〜DVカルタを歌にした》をリハーサルし始めた瞬間から、鳥肌が立った。DV被害者の思いを、女性の声で実際に歌われると、言葉自体がすごい力を持って飛びこんでくる。坂本さんの表現力がまた素晴らしい。

 

スタジオ・ヴィルトゥオージで、パープルリボン作曲賞の記者会見。女性への暴力をなくすなどパープルリボンの理念に基づく作曲賞で、草柳和之さん個人が創設した作曲賞。草柳さんは別に資産家ではない。作曲家でもない。音楽を生業にしているわけではなくカウンセラーである。一人の市民がお金を貯蓄して、例えば車を購入するとか、海外旅行に出かけるとか、そういう形でお金を使うことが多い中、草柳さんは、作曲賞を設立するのにお金を使うことにした。こんな形で一人の個人が芸術へのパトロンになると同時に、芸術家にDVなどの問題に向き合うきっかけを提供し、音楽を通して暴力をなくしていくアクションを起こそうとしている。

 

不要不急と言われたりする音楽の力と可能性を信じている草柳さんがいる。暴力や社会問題に真っ向から向かってきた草柳さんのような人が、本当に音楽のおかげで苦難を乗り越えられた、音楽のおかげで救われた、音楽が必要なんだ、と声をあげてくれている。専門家だけの専門家のための作曲賞ももちろん必要だが、非専門家がこんな形で作曲賞を始めるのもある。

 

作曲賞は来年の8月に締切、来年11月に第1回の受賞作品が決まる予定。審査員をピアニストの清水友美さん、カウンセラーの草柳さん、作曲家の野村という立場の違う3人が行う。記者会見では3人がそれぞれの立場で語ったのが本当に面白く、このプロジェクトがユニークであることを今更ながら思い知った。野村誠作曲《DVがなくなる日のためのインテルメッツォ(間奏曲)》(2001)も演奏した。この作品から20年。

 

パープルリボンミニコンサートでは、米永志奈乃さんの重厚なバッハで始まり、草柳さんの思い入れのたっぷりなブラームスが続き、坂本さんと野村で《DV撲滅ソング〜DVカルタを歌にした》を演奏した。着物姿で歌われる坂本さんの歌声は様々な女性の声のようでもあり、胸にぐっときた。清水さんと連弾で、Alfred Wongの《2 Javanese Gamelan Transcriptions》を演奏した後、野村誠《Chant for Sleep》(2020)を演奏した。コロナで亡くなった人々へのレクイエムであり、コロナウイルスを眠らせるための音楽。野村誠作曲《DVがなくなる日のためのインテルメッツォ(間奏曲)》を草柳さんが弾き、清水さんがダンスを踊り、そのまま、《ひまわり~ DVをのりこえて》に入って、清水さんがDV被害者の言葉を朗読するが、もうそれはドキュメンタリー演劇であり、一人芝居をしながらピアノを弾く清水さんのエネルギーも圧巻だった。