野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

暗闇の中で光が見えたと感じた瞬間「りんごオーケストラ」!!!!

今日は、感激したことがいっぱいあるんだけど、でも、まず最初にヒューの話から書きたい。 今日、ヒューはBBCのラジオに出た。BBCのウェブサイトにアーカイブが残っていて、ヒューが喋っているところを聞くことができた。そこで、ヒューが言っていた。新型コロナウイルス が広がり、ぼくたちは離れ離れになっている。これまでヒューは、人々と集う中で音楽を作ってきた。しかし、今はそれができない。だから、何ができるか考えている。若者はインターネットを通して交流することができる。ところが、インターネットにアクセスできない高齢者がいる。独居老人がいる。老人ホームでも、今では人と会えずに、閉ざされた環境になっている。そして、今までのように、ヒューがそうした老人ホームに音楽を届けることもできない。CDプレイヤーすら持っていない高齢者も多い。だから、ヒューは電話で歌を届けることにした。そして、歌の中で人と人が出会ったり、結びつけられたりするように歌を作る。この人の話とあの人の話をつなげて、歌をつくる。人と人が接触できなくても、歌の中で出会わせる。これがベストかどうか、わからない。でも、ヒューは歌をつくり、歌を届ける。その話を短い短いラジオ番組の中でしていた。ぼくは、ヒューの話を聞いて、まだまだ、ぼくたちにやれることはある、と思った。

 

そして、今日、本当に本当に感動したこと。それは、りんごを食べるだけなんていうバカバカしいこと、そんな音楽が、こんなにぼくの心を動かすなんて、思いもしなかったけど、本当に心が動いた。これが、ぼくがやりたい音楽だ、と心底思うかけがいのない時間だった。だから、少し長くなるけれども、書いてみたい。

 

本日、野村の新作「Apples in the Dark or in Light」の世界初演を行った。そもそものきっかけは、一昨日、データの整理をしていて、2年前に「徹夜の音楽会」で上演した「Apples in the Dark」の楽譜が出てきた。楽譜といっても、ただ、暗闇の中で3人の奏者がりんごを食べる、ただそれだけの曲だ。この譜面を見た時に、これをオンラインで遠隔で上演できないか、と思った。そして、facebookでこっそり書いたら、イギリスの友人やアメリカの友人が反応してきて、「いつやるの?」、「何時?」など。これは、やるべきと考えて、アメリ東海岸が朝の8時、ロンドンが昼の1時、日本が夜の9時にやることにした。

 

そして、昨夜、またfacebookに投稿したら、次々にイギリスの人々が参加希望の申請をしてきた。ZOOMは最大50人まで会議できるらしいので、50人まで受け付ける覚悟を決めた。そして、今日の昼の時点で15人ほどの参加希望者が出ていたが、英語で投稿したこともあり、ほとんどが海外からの参加者だったので、夕方に再度、日本語で投稿してみた。そこから、次々に申し込みが続き、ついには、定員いっぱい50名ほどの応募者があった。都市も様々で、タイ(バンコク)、イタリア(トリエステ)、ドイツ(ドゥイスブルグ)、イギリス(トーキー、モアカム、エクセター、ロンドン、ブリストルエディンバラ近郊の村)や、アメリカ(ニューヨーク、ロードアイランド)や、日本(鳥取、大阪、京都、東京、神奈川、名古屋、大分、福岡)など。

ちょうど1時間前の20時から、「聞き上手のとらおさん#02」があり、これを視聴した。砂連尾さんと柿塚さんが、オンラインの可能性について語っている。これを聞きながら、21時から開始する6カ国19都市以上にまたがるオンラインのセッションに向けて、準備する。里村さんが名アシスタントで、りんご、照明、パソコン、などなど、セッティングを進めていく。まさに、生放送が始まる本番直前。緊張してドキドキする。数多くのコンサートやワークショップを経験してきたけれども、今回ばかりは初体験で、本当に始まるまで予想がつかない。

 

そうこうしていると、イギリスのピートからチャットが来る。ログインしたいんだけど、入れない。ドイツの信子ちゃんからチャットが来る。パスワード入れたけど、うまく入れない。「聞き上手のとらおさん」を退出して、大慌てで皆さんの入室申請を許可していくと、次々に知人たちの顔が。昨年ロンドンで展覧会を企画してくれたフィルがいる。アメリカに行ったあややが赤ちゃんも一緒に、バンドSquidで活躍するローリーが来た。千住でおなじみのコヒヤマ、コタロー、こしゅー、やまぴー、にしかわフィッシュ、カッパ、かんさん、イムくん、さくらちゃん(お母さんも一緒だ)などの方々続々と登場。だんだん田んぼなどで濃密な時間を過ごした池上さんご一家が。葉月さんもきたー。16年前のNature Art Campで「火の音楽会」やった時のスタッフのタナカットさん、めっちゃ久しぶりだ。わー谷川賢作さんだー、お久しぶりです。えずこホール以来でエマが親子でりんご持ってるし、ヒューがヘッドフォンしてスタンバイ。鳥取銀河鉄道祭で関わったアイヴァンやしょーこちゃんにジョホンコ。演出家のウィルスめっちゃ久しぶりー、スコットランドに引っ越したんだねー。ニューヨークのロスも、ドイツから信子ちゃんありがとー。トリエステから原田さんだー昨年イタリアでお世話になりました。そして、イタリアも大変でしょうが、ご無事で何より。音楽評論のオーサカさんはバナナを持ってる。ナデガタインスタントパーティーの山城さんも親子でりんごとカメラスタンバイ。イギリスは、他にもポールやスティーヴ、スー、いろいろ参加してくれている。さらには、知り合いの紹介で今回申し込み申請があった初対面の方も何人かいて、さらにはビデオはオフで音声だけの参加の方々もいて、パソコンから熱気が伝わってきた。なんだ、この熱は。熱気なんて来るはずないのに、熱気が来るってどういうこと。こんだけのメンバーが、ただ、りんごを食べるだけの音楽なのに、集まってくれて、本当に嬉しい。りんごを持って待機してくれてるみんなの顔を見たら、もうそれだけで、すごく安心した。

 

そして、変な説明もしない。前座や余興も何もなく、ただ全員でりんごを食べ続けるだけの音楽を演奏した。ZOOMが会議用に音声を調整する機能をつけているためか、りんごをかじる音には、イフェクトがかかり、音だけで聞くと電子音楽実験音楽で、これがなかなか面白い。多分、録音だけで聞いたら、なんの音かわからないと思う。そして、このアバンギャルドな音声なのに、笑顔でりんごを食べる人々の光景。年齢も国籍も今いる所もバラバラな50人のりんご食べる音と姿。圧巻。

 

今、オンラインで色々な音楽などが配信されている。それはそれで素晴らしいことだと思う。でも、そこでは配信する側と受信する側がいる。舞台と観客がある。ぼくは、人が集って音楽を一緒につくる体験に飢えていたのだと思う。そして、イギリスのアメリカのイタリアの友人たちが、長いことロックダウンの状況の中、そうした音楽を一緒にする場を求めていること、そして、状況が日々厳しくなっている日本のぼくたちも、ますます、そうした機会を奪われていることを思った時、こうして人々が集い、一緒に音を出す体験、交流する体験ができたことを、心の底から嬉しく思う。しかも、仮面をかぶる人もいたり、楽器をひっぱり出す人もいたり、背景に桜を見せる人もいたり、踊る人もいたり、各自、いろいろな個性を出している。家族や恋人との交流も見えて、もうこれは、大きな一つの家族のような、親戚の集まりのような、なんだかわからないパーティーのような。でも、黙々とりんごを食べる。それぞれのやり方で。そして、徐々に食べ終わる人が出てきて、音楽は少しずつ静かになって、最後の一人が食べ終わり、拍手となった。888888888888888888888888888。そして、一人ずつ退席していくのを、手を振って見送った。

 

なんてことだろう。これが、これが、音楽だ。ぼくがやりたかった音楽だ。音楽とは、こういうことだ。フィリピンの作曲家ホセ・マセダは、戒厳令下のフィリピンで、ラジオを使って、人々が音を鳴らす「ウグナヤン」のような作品を発表したけど、今日のこの「Apples in the Dark or in Light」は、ぼくにとって記念碑的な作品になるだろう。「Apples in the Dark or in Light」は、直訳すれば、「暗闇の中か、光の中のりんごたち」となる。ぼくたちは、先が見えない真っ暗闇の中で模索しているようでもある。でも、今日、光が見えた気がする。だから、やっぱりApples in the Dark or in Lightなのだ。光が見えた。参加してくれたみんな、本当にありがとう。