野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ジュリアンと王立音楽院とウィグモアホール

王立音楽院のジュリアン・ウェストを訪ねる。音楽院で10年ほど前から、creative participation(創造的な参加)の授業を担当している。ピアノやヴァイオリンやトランペットなど様々な楽器を専攻する学生が、3年生の選択科目として、ジュリアンのワークショップの授業を受けるらしく、毎年20人程度の学生が受講している。大学卒業後、さらに専門的に学びたい人のための授業もあり、そちらは毎年5人ほどの学生がとっている。ジュリアンは、音楽院を案内してくれ、大きなホールでは、指揮者が学生オーケストラを指導していて、別のホールは、室内オペラが上演できるようで、オケピットに古楽器が設置されていて、照明の仕込みなどをしていた。別のホールは、音響がよい室内楽向けの小ホール。それぞれの特色がある。練習室では、学生が楽器を練習しているのは、どこの音大でも似た風景だが、もちろん、ここの建物は由緒ある趣の建築であるので、雰囲気はたっぷり。
ジュリアンの教えた学生たちが、音楽ファシリテーターとして各地で活躍しているようだ。日本の音楽大学で、ぼくとか片岡祐介さんとかが半期とか通年でワークショップについて教えるという状況は、未だに実現していない。イギリスはこうしたコミュニティ・ミュージックに関する授業があるので、人材もどんどん輩出されてくる。どんな人材が輩出されてくるのだろう?今日の午後、ジュリアンの紹介で、彼の教え子たちが関わる高齢者との音楽プロジェクトを見学するのだが、ジュリアンに会って、楽しみになった。
十和田市現代美術館の里村さんと合流ランチの後、カムデンアーツセンターの展示を見る。現在、十和田市現代美術館で展示中の毛利ユーコさんが、最近このセンターで展示をしていたらしい。現在の十和田の展示も凄く面白いらしい。
その後、地域の公民館のような場所で行われた高齢者向け音楽ワークショップを見学に行く。このワークショップのマネジメントに関わっているルーシーから、一通り説明を聞く。
主催はウィグモアホールというコンサートホール。ワークショップを行うのは、ウィグモアホールでの音楽リーダーの研修を経た音楽リーダーのハマイアニ(チェロ)、ルーシー(歌手、事務局のルーシーとは別人物)、ハナ(トランペット)で、彼女たちは、王立音楽院でジュリアンの授業を受けていた人たち。ウィグモアホールでは、一年間に一人が研修生となり、1年の研修の後、音楽リーダーとして認定されて働く。ちなみに、この研修のアドバイザー/監修もジュリアンがやっている。
そして、王立音楽院の学生であるメリッサ(クラリネット)は、インターンとして、このワークショップに参加。
これらの音楽家は、別室でリハーサル中。ワークショップの前に、何かを練習するらしい。
さらに、地域の高齢者や障害者とのアートプロジェクトを運営し、ケアのノウハウもあるレゾネートという団体が協力していて、ここの事務局のルーシーが主に参加者のケアをしている。
そこに、ボランティアで関わる介護の人、それぞれのお年寄りの付き添いの人などが集う。という
3時半、徐々に人々が集まると、4時までの30分間は、ティータイム。ミルクティーにビスケットで、雑談をする。お年寄りの話を、音楽家やケアスタッフがひたすら聞いている。お喋りの時間。イギリスらしい。
4時、ワークショップが始まり、ソファで車座になる。お年寄り4人、音楽家4人、ケアの人が5−6人で、15人弱。部屋の真ん中のテーブルに小物打楽器いろいろ。音楽家は自分の楽器を準備。
最初に、Eriskay Love Liltというイギリス民謡を4人が演奏。それに合わせて、口ずさむ人もいる。
その後、歌手のルーシーが挨拶の後、簡単な体操のようなこととか、呼吸をしたりし、次第に、彼女の出す声を真似するゲームになる。
誰か声を出して、リーダーになりたい人います?と聞くと、交代でお年寄りが声を出す。一人の方は、その指示とは無関係に歌を歌い出す。最初は、その声も、物真似ゲームに取り入れようとしたが、途中で予定を変更し、音楽家たちは、彼の前に楽器を持って移動し、彼の声に寄り添うように即興演奏をした。準備してきたプログラムから、自然発生の音楽に移行した瞬間。とても美しい。
その後、以前のワークショップでつくった歌を歌おうと、ルーシーが歌い、みなが真似をする。そこで、ハナが、歌詞の中に出てくる葉っぱの音を楽器でやってみよう、と提案し、みなで楽器で表現することになる。シェイカー、マラカスなどが渡される。それを一人ずつで、表現の後、楽器の場面が加わったバージョンで、もう一度、歌をやる。
その後、指揮棒を渡して、それに合わせて、3人の音楽家が演奏する、というのをやった。お年寄りが音楽の主導権を持ち、それに音楽家が一生懸命に答える。一人のお年寄りは、みごとな指揮者で、音楽家もそれに精一杯の即興で応えた。その時に、別のお年寄りは、全然ケアされていないが、彼らはそれを聞いて楽しんだり、勝手にそれに合わせて歌ったりしていて、その放っておかれる場が、とても心地よいと思った。
最後に、別のワークショップでつくった歌の雨の音を楽器で表現するというのがあり、ワークショップは終了。
もっと説明しないと魅力が伝えきれないが、自然発生的であることと、音楽そのものが非常に美しかったこと、お年寄りそれぞれがそれぞれのキャラクターで参加する場があったことが、非常に良かった。
エンリコの家に戻り、エンリコの手料理パシティッチョをいただく。いよいよ、明日からトーキー。