野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

巨大施設の見学

香港の朝。窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえる。高層ビルも見えるが、山も見える。海も近いので塩の匂いもする。部屋で簡単な朝食をすませ、9時頃には、隣の娯楽室が人の声で賑やかなので、とりあえず顔を見せようと思ってドアを開けると、30人近くの人々が集まっていて、びっくりした。ぱっと見た印象では、ダウン症の人や、視覚障害の人、高齢者の人が多数を占めていて、制服らしきものを着ているのが介護職員のようだった。次々に、挨拶をされる。9時半になりベリーニがやって来る。彼女のセンスの良いファッションは、Tシャツや作業着や制服の人が多いこの施設内で、明らかに華やかで異色なのだが、施設の誰とも仲良くとけ込んでいる。施設内で10年間もアート活動を続けてきているのだから、当然なのだろうが。そんなお洒落なベリーニさんが、凄い大きな声で、その場にいるみんなに語りかけ、ぼくを紹介してくれる。そして、「5分後に施設見学に行くから、しばらくリラックスしていて」と言われるので、そこでリラックスしようと思うが、皆が興味津々で、結局、鍵盤ハーモニカを吹き、さらには、興味を持った人が鍵盤を弾き始め、即興のデュオ、トリオと展開していった。一人目の人は、スタッカートで鍵盤を弾いたが、二人目の人は、ロングトーン、といった具合で、色々なテイストがあり、面白い。結局、5分の休憩ではなく、10分強のセッションになった。

その後、まずは、i-dArtのオフィスへ。非常勤職員まで含めると10人近くスタッフがいることが分かった。紹介されたスタッフが、男性はレオ一人で、残りはみんな若い女性だった。日本のアートマネジメント事情と似ていると思った。オフィスの隣には、絵画のアトリエ。この他に、陶芸のアトリエ、ダンスのスタジオ、音楽のスタジオがあるらしい。

続いて、別の階に行き、施設長、副施設長と挨拶。副施設長のメイリンさんが、i-dArtのボスでもあり、彼女の部屋の壁画が、入所者のアート作品になっている。ここからは、副施設長も同行して、ツアー。そのまま、理学療法士の事務所、理学療法室、作業療法士の事務所、作業療法室、と続く。理学療法士作業療法士だけで、かなりの人数がいる。そして、経理部の事務所、さらには、心理療法士の部屋にも案内される。なんだか、とんでもなく大きい施設であることは、昨日の時点で理解していたつもりだったが、想像をさらに越える大きさ。

その後、建物の外に出て、中庭に来て、今までいた6階建てのビルは、ブロックDで、全部で5棟あることを再認識させられる。ブロックAは、知的障がいの人の入所施設で、各階50人ずつ合計300人が居住する。ブロックCは、高齢者が各階55人で、合計320名が居住する。ブロックBは、重度障害、重複障害の人などが居住する。ブロックEは、ホール、通所の利用者の集会場などがあるらしい。

ということで、これらの施設を順にまわっていって、職員さんにも、入所者の方にも次々に紹介され、まぁ、記憶の容量をはるかに上回る情報量なので、人の名前を覚えることを、とりあえず諦めさせられる。ブロックAで、少しだけ入所者の人と鍵ハモで共演。ブロックCで、三線のような中国楽器をするお年寄りと、日本語ができるお年寄りの人と、鍵ハモで交流。「さくら」を歌ったり、「北国の春」を広東語で歌ってくれたりする。入所している日本語ができるお年寄りを集めた会を設定しようという企画が早くも持ち上がる。

施設見学をして判明したことは、ここは、病院ではない、ということ。 病院も経営する東華三院グループが経営する1000人以上が入所する福祉施設というのが、正解。入所者は、高齢者、視覚障がい者、知的障がい者、身体障がい者など。1000人以上が入所し、1000人以上が働き、1000人以上の通所の利用者もいる3000人の大規模な施設に、見ず知らずの日本人を3ヶ月も住み込みで滞在させるのは、どう考えても尋常じゃない。これを説得したベリーニに感謝。彼女がこれまでに培ってきた信頼によることも大きいのだろう。そう思うと、ぼくの担うべき役割は、本当に重大である。招いてくれた彼女の期待に応えたい。

副施設長、ベリーニ、その他、数名とランチに、町に出る。体育館や図書館があるビルの中にあるコミュニティ・カフェ。しばらくすると、ここでランチになった理由が分かった。施設の入所者の一人が、ここでウエイトレスとして働いているのだ。「この場所でも、何かワークショップとか発表とかできますよ」と副施設長。つまり、ランチにご招待されたと同時に、これは下見でもあり、施設の入所者が働いている姿を見せる意味もある一石三鳥のランチだったのだ。

その後、施設に戻り、契約書にサインをするなど、いくつか事務的なことを済ませて後、夕方、台湾から来ているダンサー3人によるワークショップに参加。ぼく母くらいの年代とおぼしき女性ダンサー、ぼくと同世代くらいの男性ダンサー。そして、もう一人の女性アシスタントは、学生を終えて間もない年代だろうか。この台北チームは、3世代にまたがっている感じ。

ワークショップ会場は、ブロックA、つまり、知的障がいの人の入所施設がある建物の6階で開催された。ワークショップの参加者は15名ほど。全てが6階の住民なのか、それとも他の階からも来ているのかは不明。みんなで手をつなぎ輪になって、フ!とか、ハ!と声を出すところから始まり、その後、30ℓくらいのビニル袋を一人ずつに配り、これで色々な音を出したり、これを持って、色々な動きをしたりして、気がつくとみんなが自然にダンスをしている、というようなプログラムだった。袋だけで、いろんな遊びができる楽しい時間でした。ぼくも、跳んだり、寝転がったり、いろいろできて、リラックスしました。

というわけで、ワークショップが終わって、18時半。この施設に到着して、まだ24時間経ってないのか。はぁ、なんて濃密な初日。1年半も待たせて、ようやく実現したレジデンスなので、皆さん、待ちに待った今日だったのでしょう。とりあえず、ぼくとしては、3ヶ月間、ダウンすることなく、元気で過ごせるように、毎日しっかり休んで、しっかり働こうと思う。

夕食前にベリーニに連れられて、駅で、オクトパス(ICOCAとかSuicaのような電車のプリペイドカード)を購入。これで、明日から交通機関も乗れるようになる。その後、台湾チームの夕食に合流。台湾チームは英語ができない。ベリーニは、英語も北京語も広東語もできるので、通訳いろいろしてもらう。おかげで楽しく交流。今日覚えて使った広東語は、ネイホウ(こんにちは)、ゾウサン(おはよう)、ドーチェ(ありがとう、物をもらった時)、ンゴーイ(ありがとう、行為に対して)、オーギュー(私の名前は)の5つ。今日一日、これらを連呼。とりあえず、これで、活動のない週末が来るので、明日から一休み。