野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

神は細部に宿る 

国際芸術センター青森での展覧会「肌理と気配」がスタートし、本日がオープニングです。ミース・ファン・デル・ローエの「神は細部に宿る」という言葉を副題にしている展覧会で、実際に作品を見るまで、どういうことか分からなかったのですが、本日、この場に立ち合って、納得しました。

この展覧会は、一目見て、「あっ、そういうことね」と、次の作品に移ることができません。正直、一つの作品だけで、延々と何十分も見続けることが可能です。それは、夕焼けを長時間見続けていたり、海の波の音に耳を傾けている時のように、時間を過ごすことで味わいが深まってくる作品たちです。

アンニ・レッパラの写真のインスタレーションは、数々の写真を眺めながら、鑑賞者自身がそこに自分自身の物語を発見していける作品です。リアリティを写しているはずの写真は、現実世界のドキュメントではなく、各自の体験と微妙にリンクしそうな、どこでもあり得、誰でもあり得そうで、どこでもなく、誰でもない風景。それが、各自の想像力を誘発するのです。

建築ユニット「アシスタント」(松原慈+有山宙)の作品は、建築と建築のコラボレーションであり、建築と光のコラボレーションで、複雑に入り組んだ関係が生み出す奇跡の作品です。ACACのギャラリーAという安藤忠雄の建築の中に、制作途中のアシスタントの建築が存在しています。それは、母親と生まれる前の子どもの関係のようでもあります(実際に、アシスタントの二人は、大学時代に安藤教授の下で学んだそうです)。また、実は、この建築内建築は、奈良に運ばれ、有山さんのご実家になるそうです。だから、この作品は、メタファーとしては、胎児と親の関係のような作品です。そして、そうしたことを一切口にしたくない有山さんが、そのことを抜きに淡々と作品を語り、そこに離れたところから松原さんが光を当てていく。その距離感に対して、さらに、もう一歩離れたところから、ぼくなんかが鑑賞する、非常に私的で指摘な作品です。そうした背景を知っていようと知らなかろうと、光と影の生み出す模様は、まさにお天気模様であり、天候と光の具合により時々刻々と変化していきます。何度会場を訪れても、二度と体験できない一回性の光のライブパフォーマンスが繰り広げられているのです。

法貴信也さんの線画には、一見した瞬間から、そこに音楽を感じずにはいられませんでした。絵画ですから、当然、線は2次元の平面に静止しているはずですが、線は止まっているようには見えず、動いていて、しかも、そこには様々な速度があり、運動しているとしか思えないのです。ですから、立ち止まって眺め始めても、絵は一つの表情を見せて静止することなく、動き続けるのです。それもダイナミックに動くのではなく、微妙に動くのです。と言っても、単なる錯覚や騙し絵ではありません。トリックではありません。そうではなく、線の持つ力が、ぼくの眼に線を追わせてしまうのです。そして、そこに、ぼくは音楽を聞いてしまうのです。何時間、この絵の前に立ち止まっても、決して飽きることはないでしょう。

そして、あとは、野村の3作品です。「音楽畑」の五線は、40m×40㎝の畝が五本あるのですが、これらの線は、太さも微妙に変わりますし、微妙なカーブもしているし、そして、植物は時々刻々と成長しています。野菜で描いている五線譜ですが、上記の3作家の作品を味わった後にご覧いただくと、また違った味わいが得られるかもしれません。サウンドインスタレーション「レタスピアノ」は、風が吹くと微かに音が鳴ります。その音が、ぼくは本当に愛らしいと思うので、微風の吹くタイミングまで、レタスを眺めながら、待っていただければ、より素敵な体験ができると思います。「根楽」は、根っこで描いた巨大な楽譜ですが、ピアノの椅子に座って、この巨大な楽譜を演奏してみることで、より味わいが深まります。この日、早速、多くのお客さんが、「根楽」を演奏してくれました。こんなに次々に見ず知らずの人に、自分の作曲した音楽を演奏してもらう機会も初めてで、嬉しい限りです。

4組(5人)のアーティストによるトークの最後に、青森まで遊びに来てくれた素敵な声のボーカリスト山崎阿弥さん、椎啓さん、やぶくみこさんの3名と野村によるミニライブも開催しました。声と環境と戯れながら様々な響きと遊ぶアミさん、創作楽器で微妙な音響を繰り出す椎さん、繊細な音色でパーカッションを演奏するやぶさん、と共に演奏する貴重な場は、この展覧会と共振しながら、どこへ飛んでいくのだろう。気がつくと、ぼくは「フィンランドー」と叫んでいて、「神は細部に宿る」という言葉に収斂されていき、大きな椎さんが発する微かな音に、全てが吸い込まれていきました。

青森での展覧会が、始まります。

http://www.acac-aomori.jp/