野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ルールは破られるために作られる(マヒドン大学へ)

朝、待ち合わせの時刻にホテルのロビーに行くと、見知らぬ女性が出迎えてくれる。迎えに来てくれた女性はアノタイ。アナンの教え子で、チュラロンコン大学で音楽教育などを勉強して、今はエディンバラ大学の大学院で作曲のPhD(ドクター)コースにいるらしいが、たまたま一時帰国している。

マヒドン大学は、バンコクの郊外30Kmほど行ったところにある。バンコクの喧騒から離れて、ちょっとゆったりしたキャンパスには、池があり、そこに伝統的なタイハウスが立っていて、人々が憩える空間になっている。そして、音楽学部の校舎に辿り着く。

音楽学部は、全部で700人ほどの学生が学んでいる。西洋音楽科、ジャズ科、ポピュラーミュージック科、タイ伝統音楽科、音楽教育科、作曲家、音楽メディア学科など、7つのコースがあるらしい。アナンの研究室には、色々な民族楽器が置いてあって、かなり楽しい。でも、すぐに作曲の授業に行く。

タイの大学生は、制服を着ているので、パッと見、高校生みたいに見える。また、マヒドン大学の作曲の教授陣も続々と集まってくる。教授陣と言っても、20代、30代で、非常に若々しい。

まず「体育館の音楽」のビデオを見せ、そこから、質問に応じながらレクチャーを続ける。「しょうぎ作曲」や「しょうぎ交響曲」について、詳しく説明。続いて、「ウマとの音楽」も見せる。音楽の構造について、様々な質問が飛び交う。特に、教授陣はいい質問をいっぱいしてきた。

そして、色々レクチャーをするうちに、日本の現代音楽の現状の説明を求められ、困ったけど、答えてみようと思って答えた自分が面白かった。メチャクチャ大雑把な解説で、以下のようなものだった。

「まずは、一つ目のカテゴリーはアカデミックな現代音楽、主にはヨーロッパの現代音楽の影響を受けた作曲家。例えば、川島素晴などは、カーゲルとかグロボカール的なパフォーマンス的要素の強い記譜された作品を書いている。

それから、二つ目のカテゴリーは、和楽器演奏家が様々な音楽の影響を受けながら、新しい作品を書いているケース。例えば、箏の演奏家の池上眞吾など。

それから、3つ目のカテゴリーはコンピュータミュージックの文脈で新しい音楽探究をしているケース。例えば、三輪眞弘などは、逆シュミレーション音楽と言って、現実世界を模した構造をパソコン上にシュミレーションするという写像の逆写像として、パソコン上に作り上げたアルゴリズムを現実世界に再現する、ということをしている。これは、楽器を演奏しながら作曲し、それを楽譜に定着させる、というベートーヴェン的作曲作業に対し、楽譜上に作曲した音楽を、演奏家が音にすることにより初めて音楽が立ち表れる、というクセナキス的作曲作業を対比させていることでもある。

それから、4つ目のカテゴリーは、アンダーグラウンド実験音楽の作曲家。例えば、大友良英というターンテーブル奏者がいる。彼は、ジョン・ゾーンポストモダン的な全ての音楽ジャンルの価値の相対化した音楽に対して、どんなポストポストモダンの音楽を作るか、というところで、模索をしている作曲家だ。」


まぁ、乱暴な説明で、それぞれの作曲家が聞いたら、どう思うか分からないけど、でも、英語でタイ人に短時間でレクチャーしようと思った時、ぼくが瞬時に情報を圧縮してしまったら、こうなった。これは、自分で答えていても面白かった。それで、野村誠の音楽は、この4つのカテゴリーと接する部分はあるが、どれかのカテゴリーに属するとは言えないので、5番目のカテゴリーとして、コラボレーションベースの作曲家としたら、ここの教授陣が、
「あなたのタイプの音楽が、欧米でも主流になりつつある。例えば、〜〜というアメリカの作曲家の作品は、あなたのしょうぎ交響曲に通じる部分が多い。」
などと、言い出した。

午後は、タイの伝統楽器の教室で、延々、即興演奏をした。アノタイ、バンプ、幸弘さんと、ずっと演奏。タイの楽器は、基本的に1オクターブを7等分した音階で、独特な陽気な響きがする。ガムランほど金属打楽器に片寄らず、木琴、竹琴、ケーンという笙や、弦楽器、太鼓とバラエティが豊富だ。

アノタイやバンプの即興のやり方で印象的だったのは、自己主張するのではなく、何と言うかアジア的な「和」の即興演奏だ、ということだ。決して主張しすぎずに、相手との関係性の中で、溶け合うように音を出す。だから、自然にふわっと始まって、自然にふわっと展開して、自然にふわっと終わる。盛り上がったり、静かに鳴ったり、色々あるのだけど、自然にふわっとしている。こういう即興が苦もなくできるのは、アジア的な感性なのかもな、と思った。フランス人では、こうはいかないだろうし、フランス人だったら、逆に一人ひとりが個性を主張する面白さがある。

アノタイが、是非エディンバラに来て欲しい、と言うので、来年イギリスに行く時には、スケジュールの都合をつけて、エディンバラにも寄ろうと思う。エディンバラで、いろいろプロジェクトができそうだ。

アナンは、3時〜6時まで会議。その間、ぼくらは延々、即興演奏をして遊んでいた。それから、アナンの研究室に行く。昨年、アナンのグループがやったウィーン公演のビデオを見せてもらう。タイの伝統楽器によるグループで、指揮者つきでコンピュータなどで音を変調する現代音楽風の作品、伝統音楽のエッセンスを盛り込んだ新作、指をはじく音だけで合奏して、それに合わせて一弦琴を演奏する曲など、かなり作風のバラエティが広い。とにかく、色んなことに果敢に挑戦して、タイの伝統音楽の可能性を広げようとしている感じ。そうやって、色々見せてもらっているうちに、9時になった。さすがにお腹がすいたので、ご飯を食べに行くことにする。部屋を出ようとして、アナンの部屋のホワイトボードを見ると
Rules are made to be broken.(ルールは破られるために作られる)
と書いてあった。ルールを守るのではなく、ルールを破っていって新しいルールに作り替えるのが、前衛芸術の仕事だ、ということを、伝統楽器の演奏家でもあるアナンが大切にしているところが感じられた。

帰りの車の中で、バンプが興奮して語る。
「ぼくらアジア人は、自然に、、、音楽が、、、だから即興っていうのは、、、、本当に言葉で説明しなくっても、相手の呼吸を感じればいいんだ、、、、呼吸しているテンポを感じる、、、、、」
彼は、興奮して、ずっと語り続けた。発音が聞き取りにくいところ、意味不明のところもあったけど、その興奮している感じは、すごく伝わってきた。