野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

凧という総合芸術

昨年度、びわ湖・アーティスツ・みんぐる2022『ガチャ・コン音楽祭Vol.2』のプロジェクト・ディレクターをしている。昨年度は地域コーディネーター育成講座という名称だった”ぐるぐる”を、今年度はプロジェクトチーム”ぐるぐる”という呼称にして募集。今日は、その2回目。講座という名前にすると、教わるというような受け身になってしまうので、呼び方を変えた。昨年度は講師と呼んでいたが、今年度はゲストと呼んでいる。今日のゲストは、ニシジマ・アツシさん。

 

大凧会館を1時間見学。鳥居館長よりご説明。八日市で江戸時代から大凧を飛ばす伝統があり、240畳のサイズの大凧を飛ばした記録もあり、一時期途絶えたものの、戦後保存会が発足し、数年前まで毎年100畳の大凧を飛ばしていた。凧は国際的に展開できる観光資源と考え、30年ほど前に大凧会館が設立された。八日市(東近江)大凧に関する資料や世界の凧の収集展示も行っており、常時600点ほどの凧を展示し、3000点ほどの凧を収集する。1〜2ヶ月に一度、企画展を入れ替え、できるだけ多くの凧を見せている。

 

その後、ニシジマさんのアーティストとしての活動を3つ紹介してもらう。モンドリアンの絵画をピンポン台に変換する初期の作品。絵画だったものが、楽器でありコミュニケーションツールになる。バーンスタインの音源をスピーカーで音にするのではなく、電磁コイルで発生した磁場が生み出す振動をワイヤーで共振させて別の音響体験に変換してしまう作品。ウイリアム・バロウズの詩の朗読を、光の点灯に変換してしまう作品。こうして複数の作品から、ニシジマさんが芸術作品から、そのエッセンスを彼なりの方法で抽出し、それを自分の表現として提示していることが見えてくる。

 

その後、1989年に大阪のゲーテ・インスティチュート(ドイツ文化センター)が企画した芸術凧というとんでもない企画についてのプレゼン。

 

こうした話を伺い、凧は総合芸術だと気付かされた。凧の表面に描かれる絵は絵画である。しかし、裏側の骨組みは建築である。ところが、実際に凧をあげるという行為は、パフォーミングアーツであり、風や状況に柔軟に対応する即興性も必要になる。また、大勢で凧を創作する様子は、参加型のアートプロジェクトの現場とそっくりだし、100人で凧をあげる全体を指揮する人は、オーケストラの指揮者のような役割を担っている。

 

コロナのため、”ぐるぐる”の参加者は少なかったし、1回目に参加した人が欠席していたが、1回目に来られなかった人が出席していて、一人ひとりが熱い思いを持って参加していることが実感できた。

 

https://oodakomuseum.shiga-saku.net/e1627822.html

 

今年度のメインの企画「ツアーライブ」について、コーディネーターの野田智子さんが説明してくれて、ぐるぐるメンバーと共有。本日の鳥居館長が仰った「みんなで知恵を出し合って、わかりやすいキャッチコピーを考える」という言葉を受けて、催しタイトルをいっぱい考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月6日のウマイレガワ

滋賀県立美術館で、『塔本シスコ展』が開催されている。ぼくは、この展覧会場で1時間に1回流れる音楽《2022年のウマイレガワ》を作曲した。先月から、この音源は流れ続けている。

 

この音源は、ピアノで作曲されたフレームがあり、そこに、シスコが幼少時を過ごした熊本の松橋の環境音が重なり、さらに、シスコの言葉を熊本の人に熊本弁で読んでもらった声が重なり、そこに歌や三味線や鍵盤ハーモニカや鳴り物が重なった曲だ。シスコの画面に、溢れるようにいろいろなモノが増殖してくるように、音も重なり合って、ザワザワしている。

 

今日のワークショップでは、まず、木のホールに集まっていただき、ピアノと声だけで野村のソロで曲を聴いてもらった後、参加者の方々にも鳴り物を鳴らしてもらって、音を加えてもらった。音を加えると、ザワザワ感が増していき、よりシスコ的になる。シスコさんのお孫さんの福迫弥麻さんも参加されていて、シスコさんにまつわるお話も色々聞けて、話題が広がったりする。「この青年は戦争で死にました。ウマイレガワの想い出です。」というシスコの言葉を、ワークショップの参加者それぞれの声で語ってもらい、ピアノとともに聴いた。

 

その後、展示室に移動し、音源に合わせて、楽器を鳴らしたり、シスコの絵の前で絵に描かれている人々のバンザイのようなポーズを真似してみる。絵の前で大勢で真似してポーズしていると、絵の向こうの世界とこちらの世界で交信しているような気分になり、不思議な感覚になる。

 

午後のワークショップも同様にやったけれども、せっかくなので、相撲の絵の前で、みんなで四股を踏んだりもした。静かな展示室が、突然賑やかになり、それによって、シスコさんの絵の表情も変わるような感覚になるのが面白い。

 

8月6日なので、広島の原爆のことを思う。戦争のことも思う。21世紀になっても、人間は愚かで、いまだに戦争がなくなっていない。そのことを心底悔しく思う。ウクライナで戦争が起こっていることは、本当に悲しい。シスコの絵を演奏しながら、様々な悲しみや不条理を抱えながら、全力で生きていることを讃える讃歌のようなシスコの世界があったことを有り難く思う。

 

1年前の今頃、コロナの濃厚接触者に認定されてしまい、陰性だったのに10日間の隔離生活をした。隔離明けの日に、リニューアルオープンした滋賀県立美術館を訪ねた。あれから1年。滋賀県立美術館に帰ってきた。シスコの絵に描かれた「カエルゾ!」という言葉が、いろいろな意味で心に染みた。

 

参加の皆さん、担当学芸員の三宅敦大さん、ディレクターの保坂健二朗さん、スタッフの皆さん、貴重な一日をありがとう。

《2022年のウマイレガワ》初演前夜

明日は、滋賀県立美術館でワークショップ『シスコ万歳まつり』を開催する。そして、明日のワークショップでは、木のホールのピアノを演奏するし、そのためにピアノの調律までしていただいているので、新曲《2022年のウマイレガワ》の生演奏世界初演を行おうと思っている。今日は、この曲を練習した。

 

練習しているうちに、明日は8月6日(広島の原爆の日)だということに気づく。ワークショップの日程は、週末がよくて、会期中の週末で美術館とぼくのスケジュールがあった日を選んだだけで、特別な意味があって、8月6日を選んだわけではない。でも、明日は8月6日だ。《2022年のウマイレガワ》は、「この青年は戦争で死にました。ウマイレガワの想い出です。もう誰もいませんよ。」というシスコの言葉から始まる。この曲を8月6日に演奏すると、どんな気持ちが沸き起こるのだろう?自分自身の戦争への思いや、シスコへの思いなどを整理しないと、弾けないなぁ。何度も何度も弾いてみた。

 

明日、世界初演。滋賀に移動。www.shigamuseum.jp

 

 

春日の50の物語

春日市ふれあい文化センターの委嘱で、春日市50周年の50曲のピアノ曲を作曲する。50曲の原案は先月のワークショップでできている。とりあえず、タイトル案としては、《春日の50の物語》が候補。ということで、今日は

 

1 奴国の丘3和音

2 須玖小サンバ

3 嫁ごの尻叩き

4 春日北小学校

 

の4曲を書いた。原案をもとに、それぞれスケッチして楽譜にする。50曲あるので、一曲ずつ完成させるのではなく、1日4曲ペースでまずは9月中旬までに50曲書き、9月下旬に推敲して完成して、10月にレコーディング(撮影)する予定。

 

 

 

 

 

 

山本啓さんと梵鐘とアンビエント/もうすぐ中野裕介展

連日の猛暑。不知火海の由来は、海の向こうに火が見える現象。最近は、不知火はなかなか現れないらしいが、こんなに暑かったら、不知火が出ているような気がする。

 

びわ湖・アーティスツ・みんぐる2022『ガチャ・コン音楽祭Vol.2』の打ち合わせ。音楽家の山本啓(ひらく)さん、びわ湖芸術文化財団の山元喬さん、福本美紀さん、コーディネーターの永尾美久さんと。10月23日のツアーライブで、金壽堂という(休業中の)梵鐘工場でも演奏を行う。啓さんは、金壽堂の空間を非常に気に入られたので、金壽堂では、啓さんのライブを計画している。本日の会議でご提案いただいたプランは、滋賀県各地の梵鐘の音を録音して、複数の鐘の音を組み合わせて新曲をつくるというもの。鐘の音だけでなく、生楽器として啓さんのヴァイオリン、野村のピアノが加わる構想。そこに照明を鐘の音と同期させるなど視覚的なアイディアもあり、伝統的な製法での梵鐘工場が、山本啓のサウンドとビジュアルで演出されていくのは、非常に楽しみ。啓さんとの打ち合わせ後、財団+永尾さんと、その他様々な確認事項など話し合った。

 

里村さんは、10日後に開幕する不知火美術館での中野裕介さんの個展『かなたをよむ:海と空のあいだのP』のために、忙しそう。中野裕介というフィルターを通して、熊本を読むと、何が浮かび上がるのだろう?

 

www.museum-library-uki.jp

 

PM2.5なのか、埃なのか、何が原因かわからないが、鼻づまりがひどく、耳鼻科に行く。副鼻腔炎と診断され、薬を処方される。体も酷使すると、いろいろ不具合が出るので、メンテナンスしながら長く活用していきたいものだ。とりあえず、週末の滋賀遠征に向けて、夏バテせずに、コロナにかからないように、手洗い、うがい、睡眠、栄養、気をつけよう。それにしても、暑い。

邦楽ジャーナル山本亜美特集

箏曲家で25絃奏者の山本亜美さんから、邦楽ジャーナル8月号が送られてきた。表紙は亜美さんの写真で、巻頭4ページに渡って、亜美さんのインタビューが載っている。

www.hogaku.com

 

彼女の生い立ちから現在までの紆余曲折が語られる。25絃への出会い、ソリストとしてリサイタルを毎年開催するなどの後、行き詰まりを感じた山本亜美さんは、戸島美喜夫先生の音楽に出会う。戸島先生を介して、野村誠を知り、戸島先生の死を経て、野村に作品を委嘱する。9月9日にトーキョーコンサーツラボで催されるリサイタルでは、野村の新作《編む 継ぐ む》が世界初演になる。コンサート情報はこちら。

tocon-lab.com

 

久しぶりの熊本ライフ。10日間の旅の洗濯物があっという間に乾く真夏日。洗濯取り込み後、里村さんが仕事で水俣に行くので、車に同乗させてもらい水俣の海や県境を越えた鹿児島の海を見てきた。

 

野村幸弘とギャラリー幻想工房/宇宙創成

常滑でグレンダ・レオンのインスタレーションを演奏する濃密な5泊6日が終わり、名古屋に移動。岐阜大学の美術史の教授でアーティストの野村幸弘さんが名古屋でスペースを借りてGallery幻想工房を始めたというので、どんな場所かを見に行く。幸弘さんとは、横浜トリエンナーレ2005で発表した《ズーラシアの音楽》、インドネシアの山奥でのセッションを記録した《Bukit Ponjon》など、様々な映像作品をつくった。

 

幸弘さんはイタリア美術史が専門だが、画家でもあり、ギャラリー幻想工房に行くとご自身の絵画作品やオブジェが数限りなく並んでいる。幸弘さんの絵は建築や階段が描かれることが多く、絵の中に人物が不在であることが非常に多い。その不在の風景を見ると、これから入場するであろう人物のことや、あるいは退場してしまった人物のことを観客は勝手に想像してしまう。

 

幸弘さんとランチをご一緒していたら、隣に座っておられた見ず知らずのご婦人から声をかけられた。ベトナム人からベトナム中部の料理を教わる教室に通っているお話などを聞いた。国際芸術祭あいち2022のこともご案内した。ご婦人はご親切に、ぼくを駅まで車で送って下さった。

 

サイモン・シン著(青木薫訳)『宇宙創成』を読了。同じ著者の『フェルマーの最終定理』があまりにも面白かったので、別にビッグバンについて読みたかったわけでもないのに買ってみたら、これが驚くべきほど面白かった。古代から現在に至るまでの科学者たちが宇宙をどのように理解したかという試行錯誤の歴史を順に追っているだけなのに、時代の先を行き過ぎた科学者たちの苦悩や葛藤が描かれたり、新奇なアイディアが最初全く受け入れられなかったり、全く違ったことを研究していたのに偶然大発見をしてしまったり、自分の理論を立証するために巨大な望遠鏡を作るためにスポンサーやパトロンを探したり、ナチスや戦争や共産主義によって研究が妨げられたり、、、、。グレンダの天体に関する展示を演奏した間に、宇宙論をめぐる数千年の旅を終えることができ、無事に熊本に帰ってきた。